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みそっかすの見る夢  作者: ほねのあるくらげ


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 聖女の祈りはつつがなく終わった。一日の休息を経て、一行は聖都アディトを後にする。御者台で銀鎧馬形(シュヴァル)を操るカーディナルの隣はもうスミレの定位置になっていた。

 アディトを経って早五日。地図を広げたスミレの道案内を頼りに馬車を前へと進ませる。次に目指すのは蒼白の泉のサフィルスが聖都ヴァシュタ、そこに座すサント=マティユ大教会だ。

 仮面修道会から出たことのないカーディナルにとって、ラムグルナの王都リフェスから聖都アディトまでの旅は経験したことがあっても、それ以上の遠出は初めてだ。おまけに国境を超えるともなれば、いやがおうにも高揚した――――ラムグルナではない国には、どんな景色が広がっているのだろう。

 祖を同じくする三王国では公用語も流通している通貨も変わらない。文化もほぼ同じだし、国風も似通っている。三王国は、三つの領主一族が統べる一つの国家だとも言えた。

 それぞれ独自の発展を遂げ、確立している部分もあるが、根本的なところは同じだ。けれどサフィルスとフォレメロードを包むのは、ラムグルナに吹く風ではない。

 サフィルスに入国して聖都ヴァシュタに赴き、サント=マティユ大教会で祈りを捧げ、フォレメロードに辿り着くまで二週間といったところだろうか。フォレメロードで過ごすのもそう変わらない日数のはずだ。

 女神の宮殿(サンクチュエール)にどれだけ滞在するかはわからないが、どれだけ長くても一週間程度だろう。あそこは本来、世俗の者が足を踏み入れていい場所ではない。選ばれた上位の聖職者達が集う、三王国の信仰の頂点に立つ教会の中の教会。それが女神の宮殿(サンクチュエール)だ。ラムグルナの王太子のクロードや聖女リリはともかくとしても、いくら禊の旅の同行者とはいえカーディナル達が長期滞在を赦されるとは思えなかった。

 女神の宮殿(サンクチュエール)に辿り着き、女神の祝福を再度賜ることができればカーディナル達の旅は終わる。三つの王国は続く百年の平和と繁栄が約束され、カーディナル達はラムグルナに帰り、リリとスミレは元いたところに還るのだ。

 カーディナルは仮面修道会の長になり、クロードはラムグルナの王位を継承し、アンリとカミーユもそれぞれ栄光が約束されるだろう。

 そしてそれからは、何も変わらない。禊の旅に出る前と同じ日々が――――けれど禊の旅の中で得たものを失った毎日が待っている。


(私は、一体何を……。この旅の果てに得るものはあれど、失うものなど何もないでしょうに)


 旅立つ前と、終着点を迎えた後。違うのは、変わるのは、旅の随行者達の地位と二人の少女の存在の有無だ。

 スミレは仮面修道会に入りたいというようなことを言っていた。だが、どこまで本気かはわからない。本当だと思いたいのは、残るだろうと考えるのは、カーディナルのエゴに過ぎなくて。だから、旅が終わればスミレはいなくなるのだと思ったほうがいい。だって、この世界にはスミレを繋ぎ止める楔なんて何一つとしてないのだから。


(これでは、私が侍女殿を……失いたくないと、思っているようではありませんか)


 スミレはただの踏み台だ。聖女に近づくために利用しているだけで。彼女個人に対して思うところがあるわけでは決してない。

 そうだ、違う。違う。すべて計算で、どれも演技だ。懐柔しようとした彼女のことを、よりによって自分が本気にするなんてありえない――――誰かを愛してしまうわけがない。


「あの、カーディナルさん」

「ど……どうかなさいましたか、侍女殿」


 声をかけられ、見えもしない笑顔を慌てて繕う。スミレはきょとんとしていたが、カーディナルが反応するとすぐにはにかんだ。


「そろそろ日が暮れそうですけど、さすがに野宿とかはしないですよね? その、後ろに乗っている人達はそういうのを嫌がりそうですし……」

「ああ、そうですね。天幕などはあるはずですが、皆さん好んで野宿をしようとはしないでしょう。少し地図を見せてください。……ふむ、もうすぐ国境のようですね。国境沿いのサフィルス側に町があるので、今日はそこで休みましょうか。今日中にサフィルスに入国できれば、予定としては……侍女殿?」


 少し身を乗り出してスミレの持つ地図を覗き込む。返事がないことを疑問に思って顔を上げると、スミレは頬を赤く染めてカーディナルを凝視していた。

 失敗した――――計算だと、演技だと自分に言い聞かせることで無自覚の軽率な行動を塗りつぶす。照れと恥ずかしさがないまぜになったような彼女の顔はやはり可愛らしくて、けれどそう思うことは自分ですらも騙しきっている証明で、だから何も問題がない。よく言うじゃないか、敵を騙すには味方から、と。人を騙したいなら、自分すらも騙されるぐらいでなければ。


「おや、ずいぶんお顔が赤いようですが……体調がよろしくないのでしょうか? 解熱剤ならこちらにございますが」

「だっ、大丈夫ですっ!」


 くすりと笑い、余裕ぶった言葉を吐く。わざとらしい自分の声音に反吐が出た。


*


 今日の宿泊地に定めたサフィルスの町に着いて早々、よくない噂を耳にした――――いわく、西の森に大きなケガレが棲んでいるらしい。

 もっとも討伐に乗り気なのはクロードだった。自分の国ではないとはいえ隣国の、無辜の民が無用な血と涙を流しているのは見過ごせないのだろう。もしもケガレによって町が滅びれば、そのケガレは今度はラムグルナにやって来るかもしれない。町が壊滅的な被害を受ける前にサフィルスの国軍が派遣されたというが、いまだやってこない彼らよりも聖女のほうがよほど素早く、そして確実にケガレを斃すことができる。それがクロードの言い分だった。

 まだ陽が落ちる前ということもあり、アンリとカミーユも彼に追従した。リリは不安そうにしていたが、三人の説得と町民の訴えにより討伐の決意を固めたようだ。カーディナルとスミレの意見は、最初から数には入っていない。

 宿だけ決めて銀鎧馬形(シュヴァル)を停め、それぞれの部屋で荷物を下ろして装備を整えたところで改めて西の森に向かうことになった。カーディナルの荷物は貴重品が入った皮の巾着をぶら下げた腰の無限収納(パニエ)だけだが、そもそも武器の類いは初めから持っていない。他に持っていくべきものもないので、これだけで十分だろう。


「ちょっと王子ー! こんな重い物、すみれちゃんだけに持たせようとかひどくない!?」

「わ、わたしは大丈夫だから!」


 森に行くのは徒歩だが、目印としてはわかりやすいと決まった集合場所である停車場にカーディナルが行くと、先ほどとは寸分変わらない様子のクロードと、リリとスミレが一行の銀鎧馬形(シュヴァル)の前に立っていた。

 クロードは初めから軽鎧に身を包んで帯剣していて、リリの戦い方は武器に依存するものではなく、スミレは戦えないので武装の必要がない。そのため彼らも早かったのだろう。


「一体何の騒ぎですか?」

「あっ、カーディナルさん! なんかね、王子がすみれちゃんに“君の役目は荷物運びだー”とか言ってんの。危ないんだし、無理に連れてかなくてもいいじゃんね」

「……そうですね。荷物ならば、私が運びますが?」


 多分スミレの足元に置かれた大きな四角い背負い鞄には、森を歩くために必要な……あるいは、ケガレと戦うために必要なものが入っているのだろう。けれどそれは無限収納(パニエ)には見えず、無限収納(パニエ)ではないということは実際の重さがじかに伝わってくる。

 中身を確認して実際に背負ってみた。替えの武器や野営のための設備、ロープやランタンといった道具が入っている。別段運べないほど重いわけではないが、無理して少女に運ばせるほどの軽さでもない。私物の無限収納(パニエ)に詰め直して持っていこうかと一瞬考えたが、横領だなんだと騒ぎ立てられては面倒なのでそのまま運ぶことにした。

 仮面越しにクロードを睨む。その眼差しに気づいたのかクロードは一瞬顔を歪めたが、すぐに「リリがそう言うなら、スミレには宿で待っていてもらおうか」とリリに向かって微笑んだ。


「……はい。璃々ちゃん、気をつけてね」

「だいじょーぶだいじょーぶ! ぱぱっとやっつけて、すぐ帰ってくるから!」


 不安そうなスミレの言葉にもリリは朗らかな返事をした。立ち去り際、スミレはちらりとカーディナルを見る。無言のまま頭を下げ、彼女はそのまま宿へと戻っていった。


「ったく、なんのためについてきてんだか。せっかく殿下が役目を与えてくださったんだから、ちょっとぐらいは働けっての」

「だが、無意味についてきたら邪魔になるだろう。囮ぐらいには使えると思うが……」


 後からやってきて、事情を聞いたカミーユとアンリは忌々しげな視線を宿屋に向ける。しかし彼らの声は小さく、クロードとともに早速歩きはじめたリリの耳には届かなかったようだ。カーディナルが咳払いをすると、二人は舌打ちをしてクロード達の後を追い出した。


「そのケガレっていうのは、なんか超強い動物のことなんだっけ?」

「動物と言えば動物、かな。本物の動物より狂暴だけどね。おまけに、奴らの血は人にとっては毒になる。ケガレは、正しく埋葬されなかった死者の成れの果てのなんだ。ケガレは生者の天敵で……だけど、女神の加護の前では奴らもただの獣と同じさ」

「ふーん。ようするに、聖女パワーでどうにかなるゾンビって感じ?」

「どうにかなるっつーか、それでしかどうにもできねぇんだけどな。ケガレは祈術師が祈りを捧げた武器か、聖女の力でしか斃せないんだよ。期待してるぜ、リリちゃん?」

「オレと殿下の剣には祈りの業<祓穢>がかかっている。カミーユとカーディナルの支援もあるし、リリ様一人の負担にはさせない。オレ達も一緒に戦うから、安心してくれ」


 茶化して笑うカミーユを押しのけ、真面目な顔のアンリが言い募る。リリは微笑ましげに礼を言っていた。

 

「そういえば、カーディナルさんもキジュツシなんだよね。キジュツシと聖女って、同じようなものなんでしょ? 一応お城でもキジュツシの人に教わって色々試したんだけどさ、あたしバカだから聖女パワーの使い方とかぜんっぜんわかってなくて。カーディナルさんの真似すればいいのかな?」

「私の力など、聖女殿の足元にも及びませんよ。祈術師はあくまでも聖女の下位互換であって、決して同一ではございません。私などには到底再現できない女神の御業も、貴方はきっと実現なさるのでしょう。……基礎程度ならば、教えることもできますが?」

「マジ? それもっと早く言ってほしかったー。じゃ、帰ったら教えてよ! 約束だかんね!」


 ぴょんぴょんはしゃぐリリとは正反対に、彼女を取り囲むように並んだ男達はみな一様にカーディナルを疎ましげな目で見る。まるで彼らの鼻を明かせたようで、思わず笑みがこぼれた。

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