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みそっかすの見る夢  作者: ほねのあるくらげ


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「これはちょっとわたしには可愛すぎるんじゃないかなぁ……」

「そうですか? よくお似合いだと思いますが」

「こういうのはやっぱり璃々ちゃんみたいな女の子が着るべきだと思います」


 試着室から出てきて恥ずかしげに俯くスミレを見下ろす。ピンクを基調とした、リボンやフリルで飾られた可愛らしい意匠のワンピースは小柄で色の白い彼女に似合っているように思える。つややかな黒髪もいい具合に互いを引き立てているようだ。カーディナルには服のよしあし、それも女物などよくわからないが、真っ赤な顔で羞恥に震えるスミレはいつまでも眺めていられた。


「侍女殿はお気に召さなかったご様子ですね。実際に買うのは侍女殿ですし、貴方のご意思を尊重いたしましょう。……ですので、それは私から贈らせていただきます」

「いやいやさすがにそれは悪いですから! 買います、自分で!」

「おや、遠慮なさらずともよいのですよ」


 意地悪く笑うと、スミレは怒ったように試着室のドアを閉めた。しかし購買の意思はあるようで、侍女服に戻った彼女はワンピースを戻そうとはしない。もともと彼女が店先のガラス棚に飾られていたトルソーが着ているそれに目を留めていたのをカーディナルが促したのだから、再度背中を押されて拒む理由はないのだろう。

 他にもブラウスやらスカートやら、何種類かスミレに似合いそうなものを持ってくるとスミレはこわごわ受け取って試着してくれた。服飾にはさほど頓着しなかったカーディナルだが、人の物を選んで着飾った姿を見るというのは案外楽しいかもしれない。

 スミレは侍女服から、購入したばかりの白いブラウスと群青のピナフォアドレスに着替えていくことにしたようだ。半ば強引にカーディナルが買わせた物があり、そしてカーディナルのせいで加算された金額があるので、代金はこちらで持った。スミレは不服そうにしていたが、文句を言われる前にすべての会計を済ませていたのでさすがに引き下がってくれたようだ。

 店から出ると全額を渡されそうになったので、半額だけもらっておくことにした。スミレが払おうとしたのは値札に正しく記載されている通りのものを合算した金額だったため、カーディナルが実際に払ったそれより二割ほど安かったからだ。このあたりが落としどころだろう。


「カーディナルさんの服! カーディナルさんの服も買いましょうよ!」

「その必要はありません。仮面修道会の者に個性は不要ですから。私は祭服で十分です」

「うっ……」

「さあ、そろそろ昼食の時間ですよ。このあたりに雰囲気のいい喫茶店があったはずです。行きましょうか」


 顔もないのに着飾る意味はない。仕返しとばかりにはしゃぐスミレを笑顔で封殺し、有無を言わせず歩きだす。スミレは渋々と言った様子でついてきた。


「仮面修道会……!」


 洒落た店構えの喫茶店の扉を開ける。からんころん、ドアベルの音に促されるように給仕がやってきて、カーディナルを見るなりさっと顔色を変えた。


「出て、」

「こちらの女性は修道会の者ではございません。……二人ですが、席は空いていますか?」


 叩き出される前に小金貨を三枚渡す。二人なのだから二枚で十分だし、なんなら大銀貨五枚程度でも大丈夫だとは思ったが、スミレの手前門前払いを食らっては格好がつかないだろう。ここは聖都アディトなのだから、相場は王都より高いと思ったほうがいい。下手に出し渋るより、最初から色をつけて払っておくべきだ。

 握らされたものが何かを確認し、給仕はわずかなためらいを浮かべる。しかしその逡巡はわずかな間のことで、彼はすぐに営業用の笑みを浮かべながらカーディナルとスミレを席に案内した。


「あの、カーディナルさん。今、何を?」

「どうかお気になさらず。侍女殿には関係のないことですから」

「……」


 スミレの様子には気づかないふりをしてメニューを見る。大銀貨二枚もあれば満足な食事ができる価格設定のようだが、実際に請求されるのはその倍の金額だろう。今日だけでもかなり使うことになるが、それで痛む財布ではない。 

 カーディナルは若鶏の香草焼きを、スミレは鴨肉のシチューを頼んだ。食後のデザートにプディングを食べ終えて満足げなスミレに断りを入れて席を立つ。会計を済ませてから戻ると、スミレが伝票を探していた。「そろそろ行きましょう」と声をかける。会計台を素通りするカーディナルにスミレも察したらしい。店の外に出るなり焦ったようにカーディナルに尋ねた。


「もしかして、またカーディナルさんが払っちゃったんですか!?」

「ええ。それが何か?」

「そこまでしてもらわなくて大丈夫です。これぐらいは自分で払います!」

「ですが、侍女殿が持っているのは支度金だけでしょう? 他に収入の当てがないのですから、大切にするべきです。ご安心ください、こう見えて私はそれなりに裕福ですので」


 冗談めかして笑うが、スミレは真剣な顔で財布を取り出す。いくらかよく覚えていないようではあったが、支払いの意志はなくなっていないようだ。


「お気持ちはありがたいです。でも、これはもらってください。お願いします。こんなによくしてもらっても、わたしは何も返せないですから」

「……ご迷惑でしたか?」

「そういうわけじゃないですけど……。借りを作りっぱなしなのが嫌なんです。ちゃんと返したいので」

「では、今日は私が支払いましたが……次に何かの機会があれば侍女殿にごちそうしてもらいましょう。できれば国外……サフィルスかフォレメロードでお願いします」

「わかりました!」


 スミレはそれで折り合いがつけられたようだ。絶対またどこかに立ち寄りましょう、と繰り返すスミレの姿が眩しくて、カーディナルは思わず目を細めた。

 蒼白の泉のサフィルス王国か、翡翠の森のフォレメロード王国か。仮面修道会という概念がない両国なら、追加分の料金は発生しない。仮面の聖職者(カーディナル)でも、一般人と同じ扱いを受けられる。

 仮面修道会はラムグルナの厄介者だ。そこに所属している者達は、ひとたび修道院の外に出れば差別を受ける。入店料を求められ、他者と同じ何かを買うためには記載された金額より多くを払う必要があり、たとえ金を払っていても同じ質は期待できなかった。ビショップ・ナイン行きつけのパン屋も、仮面修道会の人間が常連となることに決していい顔はしていないし、けれど彼らが追加分を含めて支払う銀貨や金貨があの店の売り上げを支えているとわかっているから店主は来店を拒まない。

 仮面を外し、祭服を脱げば、仮面修道会に所属する者だとは気づかれないだろう。しかしカーディナルはそれができない。ここがラムグルナ王国である限り、どこで誰が見ているかわからない以上、素顔を晒すことには抵抗があった。


「カーディナルさんって、意外とお金持ちなんですね」


 歩きながら、スミレはぽつりとそう漏らす。確かに、今日は少し大盤振る舞いが過ぎたかもしれない。

 仮面修道会自体はそれほど裕福な団体ではない。各々がそれぞれ生計を立てる手段を持っていて、カーディナルの場合はそれが一般的な水準を上回るほどの額を稼げるというだけだ。半分ぐらいは私物の購入費にしたり仮面修道会に寄付したりしているが、使い道がほとんどないので残りはほとんど手つかずのまま貯金している。


「出立前に身代人形(タリスモン)を渡したでしょう? あれが私の主な収入源ですよ。私は医師でもありますから、往診したり調合した薬を売ることもありますが……やはり、身代人形(タリスモン)の売り上げのほうが高いですね。懇意にしている商会がありまして、そちらのほうに自作の薬や身代人形(タリスモン)を売るんです。特に侍女殿達にお渡ししたものは、あれ一枚で大金貨三十枚……そうですね、平民が一人一年間つつましく暮らせる額で売れますよ」

「えっ」

身代人形(タリスモン)の販売はもう、かれこれ七年近くやっていますからね。どこか小さな町で、それなりの家と土地を買って……気ままに暮らせる程度の貯えはあるのではないでしょうか。ですから、私の懐について侍女殿が胸を痛める必要はございません」

「な、なんでそんなに高いんですか……?」

「あれには祈術の一つ、<先掛>がかけられています。中々高度なもので、使い手が少ないのです。使用回数に制限があるとはいえ死を未然に防げるのですから、安すぎる価格かと。……きっと、実際の売価はもう少し上がっているのでしょうが」

「えっと、大金貨が一枚で十万円ぐらいだから……大体さんびゃくまん……?」

「貴重なものですから、なくさないようにしてくださいね?」


 なくしても、作り直せばいいだけなのだが。それでも作るのには手間がかかるし、粗末に扱われては困る。一応忠告すると、スミレはがくがくと頷いた。大金にすっかり怯えきっているらしい。


「そんなものをただでもらっちゃってよかったのかな……」

「作ったのは私ですし、皆様にもしものことがあれば困りますからね。効果を発揮することがないよう願っておりますが」

「ほんとですよ。……身代人形(タリスモン)って、すごいものだったんですね」

「ものによりけり、ですね。たとえば、<先掛>の下位互換に<追治>という業があります。<先掛>の身代人形(タリスモン)は所持者に一切の怪我を負わせない一方、<追治>の身代人形(タリスモン)は所持者が怪我を負わないと効果が発動しないのです。つまり、<追治>の身代人形(タリスモン)では所持者を死から防げません。しかし、それでも大金貨十枚ぐらいで売れますよ」


 身代人形(タリスモン)は祈術師専用の魔具だ。魔具の一種に数えられてはいるが、祈術師でないと作ることができず、また祈術師でないと持っていても意味がないと言われていた。本来身代人形(タリスモン)は、祈術師が祈術による治癒を行うための媒介に過ぎないからだ。

 身代人形(タリスモン)を作ること自体はそう難しくない。人の形をしたものであることが望ましいが、紙切れ一枚、棒切れ一本でも祈術師が専用の業を――――<治癒>を施せば身代人形(タリスモン)になった。そこに他の業を重ねがけることで初めて、身代人形(タリスモン)は一般人が持っても効果を発揮する魔具になるのだ。

 そうやって作られた身代人形(タリスモン)の価格は、重ねがけされた業の数や種類と引き受けられるダメージの限度によって決まる。市場で多く出回っているのは、日常生活で起こる些細な怪我を対象としたお守り程度のちゃちな身代人形(タリスモン)だ。相場は大体小銀貨が五枚ぐらいで、子供の小遣いで買える。そういったものをカーディナルが作るときもあった。その多くは販売用ではなく、修道院で暮らす子供達に渡していたが。

 まだカーディナルが四番目の枢機卿(カーディナル・フォウ)ではなく十一番目の修道士(ブラザー・イレヴン)と呼ばれていたころ、カーディナルは駆け出しの祈術師かつ医師見習いだった。十二歳のときに教皇(ポープ)を仲介にして富裕層を顧客にする商会へ身代人形(タリスモン)を卸すことになったのだが、それからカーディナルは一気に八番目の司教(ビショップ・エイト)になった。カーディナルの作る身代人形(タリスモン)がそれほど珍しいものだったから、らしい。

 そこからとんとん拍子に四番目の枢機卿(カーディナル・フォウ)となり、成人になった今では直接商会とやり取りをしていた。カーディナルが出世した理由を寄付金だと思っている者はカーディナルを妬み羨み――――そして本当の理由を知っている者は、カーディナルを忌み嫌っている。


「つまり、それだけの大金を払う価値があるからその値段がつけられてる、ってことですよね。それってすごいことだと思います」

「……はい?」

「あっ、カーディナルさんの身代人形(タリスモン)を買った人は、みんなカーディナルさんに助けられてるってことになるんでしょうか?」

「あ……ああ、そうかもしれませんね」


 言われてみれば確かにそうだ。けれど、それはカーディナル自身が認められたのではない。カーディナルの作る身代人形(タリスモン)にしか価値はなく、そもそも作り手の名前など公にされることもない。それでも商会が渡す対価としての金銭ではなく、修道会の面々が寄付を求める催促じみた激励でもなく、何も求められない純粋な称賛は、受けたことがなかった。

 祈術師は聖職者特有の職業だ。祈術師を名乗るのはほとんどが聖職者であり、それはこの業が女神の力に由来していることと、祈術の根幹をなすとある考えからきている。とはいえ、祈術などしょせんは適正の問題だ。女神サクレイドルへの信仰心の有無は関係ない。もし女神を信じて救いを求める者しか祈術を扱えないのなら、カーディナルに使えるわけがないだろう。

 いわば祈術師は女神の力を宿した聖女のさらに劣化版、しかし人の身で扱える奇跡の体現者だ。もっとも、仮面修道会に属しているカーディナルが祈術師を名乗ることにいい顔はされない。そのため、医師だとだけ名乗ることのほうが多かった。実際、医師の資格はあるし医学の心得はある。詐称ではない。

 しかし、だからこそカーディナルが作る身代人形(タリスモン)の評判はカーディナルとは無関係のところで広がっている。カーディナル自身、商会で売れる値段は知っていてもその意味なんて考えたことすらなかった。


「ですが、私は大したことはしていませんよ。ただ、作ったものを売っただけです」


 逃げるように目をそらす。無意識のうちに歩調が早まった。スミレは不思議そうにしていたが、特に気にすることなくついてくる。褒めて気分を害されたとは思っていないようだ。実際、カーディナルも不快な気持ちになったわけではなかった――――けれど、何故か居心地が悪い。

 それでも聖都の案内は続けた。いくつかの店を冷やかし、観光名所を回り、楽しげに笑うスミレを見て心を落ち着かせる。聖都には、彼女にいわれない非難を浴びせる者はいない。多少解放的になるのも当然で、むしろ王都での暮らしが息が詰まるものだったぶんここでは自由に羽を伸ばすべきだ。隣に立つのが自分だという点ではやはり周囲の目は厳しく、本当の意味でスミレを差別する者がいないわけではないのだろうが、少なくともカーディナルの目から見たスミレは王城にいたときよりも生き生きとしているようだった。


(そういえば、聖女殿への贈り物を買うのを忘れていましたね)


 夕方になって大教会に戻り、スミレと別れ、客室に帰ってきたときにようやくそれを思い出した。そういえば、そんなことも考えていたはずだ。結局スミレと聖都を見て回って、買い物をして、食事をして、それで帰ってきただけだったが。スミレはリリへ土産の菓子を買っていたが、それではカーディナルの点数稼ぎにはならないだろう。


(まあ、今でなくてもいいでしょう。いつでも買えますから、焦ることもありません)


 カーディナル・フォウは歪な青年だ。彼は誰より人に認められたくて、けれど彼が一番自分のことを認められていない。自我の存在の証明を欲していて、しかし他ならない自分がその自我を否定している。聖女と親しくなるためにまず侍女と親しくなると言っているのに、侍女を通じて聖女と親しくなれるよう彼女に働きかけようともしない――――矛盾だらけの青年が、本当に自分の心と向き合える日はまだ来ない。

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