姉への嘘
「とにかく、今日はもうお風呂に入ったら寝る。明日、鯨さんと桜さんと蠍さんが午後から半日くらい協力してくれるって言ってたから、それに向けて気持ちを落ち着ける。それに、明日の朝はお姉ちゃんをお見送りするし」
「ああ、姉貴明日だったな」
「うん」
亜人細胞が発症しないというのは大介を焦らせたが、それはそれとしても、久々に姉に会えると思うと、気持ちが浮足だった。
「暇だから俺もついていくわ」
「変に邪魔したりとかしない?」
「しねえって」
妙に疑わしいが、やる前から言うのも失礼だろう。「じゃあいいよ」と大介が言うと、蛙は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、俺はお風呂入ってくるので」
「一緒に入ってやろうか?」
「やっぱり明日来ないで」
「冗談だよ」
蛙はけらけらと笑った。ならいいけど、と大介は小さく息を吐く。蛙なら、大介をおちょくるというただそれだけの理由で脱衣所に侵入してきそうで恐ろしかった。大介は立ち上がり、風呂場に向かう。うっかりすれば、「どうしたら亜人を発症出来るんだろう」なんて頭に力をこめそうになるのを我慢する。
――とにかく、時間を追ってやっていくしかないだろう。そう思いながら彼は、広々とした脱衣所で服を脱いだ。
*
「お姉ちゃん、体調はどうですか」
対亜人管理局の駐車場――タクシー車の前にいた姉は存外健康そうだったが、大介は問わずにいられなかった。対亜人管理局から飛び出し、一目散に自分の元に駆け寄ってきた弟を見て、姉は穏やかに笑う。
「平気よ。大介は?」
「全然平気」
答えながら大介は、小鳥から聞いた姉の記憶を思い返す。
彼女の記憶の中で、姉と大介は、超自然現象の被害者ということになっていた。表向きには、亜人が超自然現象の名を借りているのだから、彼女の作り上げた記憶もあながち間違いではない。
ただ、彼女はこの対亜人管理局の施設を、政府直轄の特殊な病院だと考えているようだ。そういう記憶になるように担当医が誘導したと言っていた。超自然現象による負傷でここに運び込まれた彼女と弟である大介は、ここで一週間治療を受けていた。そして、姉の方が先に意識を取り戻し、安静を要するために互いに面会謝絶状態で過ごしていた――と彼女は思っている。
また、今後大介が姉の元を離れて住むことについては、政府の保護という名目になっているらしい。これも、担当医の口から嘘を吹き込んだのだ。超自然現象には謎が多いが、現段階で解っているのは、”子供の感情”が大きく関係しているのではないかということだ。いわゆる、超能力などのサイキック的なものが作用しているの可能性がある、ということである。そして、今回姉の家で発生した超自然現象の原因としてもっとも可能性の高い人物が、大介だという言い分なのだ。
だから大介は政府に保護され、もっと詳細な検査をされるのだということになっているのだ。その期間は最短で五年、らしい。
小鳥からその説明を受けた時、大介は「超能力って、亜人とあんまり変わらなくないですか」と思わず口にした。しかし小鳥は頭を左右に振った。いわく、フィクションやテレビの特番などで馴染みのある超能力と、姿かたちが完全に異形の物になる亜人とでは、受け入れられ方がまったく違うようだ。大介は、蛙と揃って「へえ……」としか言えなかった。そう言われればそうなんだろうけど……という気持ちである。なんだか複雑だった。
正直に言えば、姉に変なことを吹き込まないでほしいなあと思う。どうせ、亜人のことを説明する時と同様に真面目な顔でごり押したのだろうし――実際、対亜人兵器云々と比べてどちらの方が現実味があるかと言われれば微妙なところだが。
「俺、院長にお見送りはしてもいいって言われたから、出てきた」
大介は胸の内に蘇った複雑な思いを流しながら、姉に言った。姉は、ええ、と柔らかくうなずいた。




