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「院長と、政府の人から聞いたわ」
どうせその院長は偽物――というか、姉の記憶に合わせるために用意されたものだろうと思ったが、勿論言わなかった。
車の運転席から視線を感じた姉と大介は、そろそろ出ようと言い合って車に乗り込む。シートの座り心地はとても良いいかにも政府の要人の車といった感じだ。しれっとついてきた蛙が、見えないのをいいことに、大介をすり抜けて姉と大介の間に座ろうとするので、そっと睨み付けた。蛙は「ジョークじゃねえか」とぶつぶつ言いながら、助手席へと逃げた。
「お姉ちゃん、体調はどんな感じ。事故に巻き込まれた時、右肩をちょっと怪我したって聞いたけど」
車が対亜人管理局を発つと同時に、大介は質問した。大介自身が気になったのももちろんだが、それ以外にも質問を口にしたのは理由があった。事前に小鳥に、あまり姉から質問を受けないようにと言われていたのだ。対亜人管理局と口裏を合わせるために、姉がどのような記憶を植え付けられたかは確認しているが、思わぬ失言をする可能性もある。
もっとも、亜人兵器が云々なんて口を滑らせたところで信用されないだろうが、記憶を呼び覚ますトリガーになりかねないのは事実だ。だから、姉と会話をする際は、質問をされる前に自分から質問をするように心がけろとのことだった。そうすることで、確認し損ねている姉の偽りの記憶を引き出せる可能性もある。
蛙は、「そんな器用なことお前に出来るのか?」と心底疑った様子だったが、大介は一応努力するつもりだった。
姉は「そうねえ」と苦笑いする。
「全然覚えてないけど、超自然現象で体をどこかに叩きつけられたみたいで……右肩がちょっと重いのよ。うまくあげられないし。でも、この程度で済んだのは奇跡だって言われたわ」
彼女の右肩が重いのは負傷ではなく、宿っていた亜人細胞を鯨が破壊した際に、近辺の正常な細胞も一緒に死んだからだ。しかしそれは、彼女の中では超自然現象による負傷ということで処理されているらしい。
「……大介はどうなの?」
姉は少し口ごもってから、大介に尋ねた。それは、大介には怪我はないかという意味なのか、それとも大介の”超能力”についてなのかどちらだろうと大介は疑問に思う。ただ、大介からすれば前者の問いの方がまだ答えやすい。だから大介は、自分に都合よく解釈した。
「俺は全然怪我ない。まあ、最初にちょっとアスファルトにべしゃってなったらしいから、擦り傷とか、打撲くらいはあるけど。でも、全然大丈夫」
「……そう」
姉は小さく笑った。そこに少し不安の色を感じた大介は、もう一度「大丈夫だよ」と言った。
「お姉ちゃん、気にしなくていい。俺は全然健康体」
「ええ。ありがとう」
「何がありがとう」
「心配しないように言ってくれてるんでしょ」
「そうだけど、でも、大丈夫なのも本当」
「解ってるわよ」
姉の手が大介の髪を梳いた。ここ最近、まわりに年上が増えたからか、頭を撫でられることが少なくなかったが――やはり姉にされる心地よさとはまったく違うなあと思う。助手席で蛙が「シスコン」と吐き捨てたが、大介はシスコン上等だと開き直るような気持ちだった。幼い頃に両親を亡くしてから、姉は大介にとってたった一人の家族だったのだ。シスコンにもなろうというものである。
「それと、大介」
「ん」
「……大介がこれからどんなふうに生活することになるかとか、そういうことは聞いた?」
「聞いた」
大介は答えた。もっとも、大介が聞いたのは、局員扮する院長が姉に何を吹き込んだかであるが。
「でも、お姉ちゃんも聞いたんじゃないの。俺に色々教えてくれた病院の人は、お姉ちゃんにも伝えておくって言ってくれたけど」
「大介がちゃんと理解してるか、確認しとかないといけないでしょ」
「俺、ちゃんと理解してる」
「貴方、勉強はまあまあだけど人間的にちょっと間が抜けてるのよ」
「どういう意味」
大介は無表情で憤った。姉はおかしそうにくすくすと笑いながら、「いいから質問に答えなさいよ」と言った。大介はふて腐れたが、自分をからかいつつも姉の瞳がしっかり心配しているのは解ったので、真面目に答えることにした。といっても、それは姉のために作られた嘘なのだが。
「俺はこれから暫く、さっきまでいた病院に併設されてる、政府の超自然現象対策部の人が用意してる居住部に住む。それで、なんか色々検査をするって聞いた。なんか……超能力的な」




