姉の沈黙
「超能力的な検査って、曖昧ねえ」
「なんか、脳波がどうとかα波とβ波でマイナスイオンがどうのこうのとか言ってたけど、全部忘れた」
なんだか詳しい設定の嘘を教えてもらったのだが、大介は全てすっかり忘れてしまっていた。というか、忘れていた方が自分らしいだろうと思うと、ますます覚える気にならなかったのだ。大介は、覚えようとしたことはわりと簡単に覚えられるのだが、興味がわかないと本当に一瞬で忘れてしまう男だった。
「とりあえずそういう検査を受けながら、三年暮らす。もしそれで超自然現象の原因がはっきりして、対策も立てられたら、三年経ってなくても帰っていいかもって聞いてる」
「確か、大介と同じ立場の人もいっぱいいるんでしょ?」
「同じ立場? ……ああ、そうだ。うん、同じ立場の人と住む」
一瞬”対亜人兵器”のことかと思ったが、姉が言っているのは”超自然現象の原因の可能性がある超能力者”のことだろう。まあ、どちらにせよそれに当てはまるのは、鯨や桜などの対亜人兵器になるわけだが。
「ちゃんと仲良くするのよ。大介、人付き合いあんまり上手じゃないんだから。中学生になって愛想笑いが出来ないって、相当よ?」
「だって難しい」
「何が難しいのよ。……三年経つ頃には、ちょっとは成長してたらいいけどね」
「それは任せて」
姉の思う成長とは違うかもしれないが、対亜人兵器としては立派にやってみせようという気概はある。せっかく得た能力だ。同じ国に住む民を守っていこうではないか。姉はなんとなく疑うように大介を見たが、「ま、この先のことがちゃんと解ってるならいいわ」と笑った。
それからは、大介の方がひたすらに姉を質問攻めにした。まず第一に尋ねたのは、今後姉がどんなふうに生活するのかということだ。姉も大介の今後が気になったようだが、大介とてこれから姉がどう生活するのかが気になるのだ。既に小鳥からある程度は聞いていたが、姉がどんなふうに感じているのかも聞いておきたかった。もしかしたら辛い思いをさせているのではないかと、そう思うと気が気ではなかった。
しかし、姉は大介の想像に反してあっけらかんとしていた。
「見送りに来てるくらいだから、行先くらいは知ってるだろうけど……とりあえず今から行くのは、政府の人が用意してくれた仮住まいよ」
更に、と彼女はつづけた。姉が勤めていた職場は、この一週間でもう既に辞職として処理されたらしい。最初に聞いた時は、「それはちょっと横暴なんじゃないですか」と大介は小鳥に訴えたが、お姉さんは納得してくれたようだと返事があった。実際車内で確かめると、彼女は受け入れたようだった。
「職場の皆は優しかったし、本当はもっときちんとご挨拶したかったんだけど……”政府の命令”なんて言われたら、どうしようもないわ。……まあ、代わりに用意してくれる仕事は、労働時間のわりにお給料も結構いいみたいだし。納得してあげようと思って。それでなくとも、手当金は振り込まれるみたいだし」
姉はそんな風に肩を竦める。しかし、好きな仕事をするというやりがいの面だって重要だろう――大介はまだ不満を抱いていたが、他ならぬ姉自身が受け入れているなら仕方がない。大介は、「お姉ちゃんがいいならいいけど」と言うしかなかった。
その後も大介は、当初の予定通りぐいぐいと質問をぶつけまくった。この一週間どんな治療を受けていたのか、どんなふうに過ごしていたのか、超自然現象により壊れた家屋などの金銭的な損害は政府が請け負ってくれるのか、それとも姉が出さねばならぬのかなど、聞きたいことは山ほどあった。
姉は大介の怒涛の問いに特に疑うそぶりは見せなかったが、「なんか、質問攻めね」と困惑はしていた。それはこちらが色々聞かれたら困るから、と内心思ったが、姉の方は別にこちらに大量の質問をぶつけることはなかった。
むしろ、日頃口うるさい姉にしては、口数が少ない方だった。疲れてるのかな、と思って、大介も途中で質問をやめた。案の定、姉はあまり質問をしてこなかった。二人はただ静かに、同じ時を過ごすだけだった。
それからおよそ二時間ほど、大介と姉は車に揺られていた。車の窓から見える景色は、大介のまったく知らない場所だ。犬のサーカスを見に行った方向とは正反対に進んでいるようだ。
暫く外を眺めていると、車は交差点でゆっくりと停まった。ずっと黙って運転していた運転手が、そこで初めて口を開く。
「もうすぐ、用意してある住宅に到着致します。このまま車で入ることも出来ますが……いかがいたしますか?」




