近付く離別
いかがって、と大介はきょとんとした。入れるなら連れて行ってくれればいいではないか、と思ったのだ。しかし姉の方は、苦笑いして答える。
「そりゃ、こんな車すごいで新居に入ったら、ご近所の方も驚きますね」
ああそういうことか、と大介は納得した。つまり、周りの目が気になるなら近辺でおろしてやる、ということを運転手は言いたいのだ。そんなことを言うくらいなら、こんな大層な車ではなくもっと一般的なものにしてくれればよかったのにと思う。
「まあ、このあたりの方は、超自然現象の被害者が大勢おられますから……多少事情は察してもらえると思いますが」
運転手は冷静な口調で言う。
「いえ、このへんでいいです」
姉は答えた。
「地図はもらってますし。それに、うちの表札もかかってるんですよね?」
はい、と男が答えた。大介は、「どうせなら政府のお金で新しいおうち建ててもらえばよかったのに」と姉に訴える。
「ここは政府が一帯で買い上げた住宅街。つまり中古。お姉ちゃんは被害者なんだから、新しい家を建ててもらえば……」
馬鹿なこと言わないの、と姉が大介の額をぺんと叩いた。
「ただでさえ手当金ももらってるんだから、そんなこと出来ないわよ。大体、そんなの待ってたらいつまでも病院から出られないでしょ? 家を建てるのにどれくらいかかると思ってるの」
「たくさんかかる」
「どんなに短くて半年よ」
「でも、たくさんかかればその分お姉ちゃんはあの病院にいられたかもしれないのに。仕方ないことだから我慢するけど、俺はお姉ちゃんとあんまり離れたくない」
本当の病院ではなく、あくまで対亜人兵器管理局であるから、どっちにしろ長くはいられないことは頭では分かっている。しかし、新居が近付くにつれて、寂しい気持ちが強くなるのだ。
「……仕方ないわよ」
そこで姉は、仕方なさそうに笑った。大介は姉の手を握る。自分よりまだ少し大きい。中学生になって成長期を迎え、身長も伸びてきたと思うのだけれど、まだ姉にはかなわない。
やがて車は、歩道の脇にそっと停まった。
「申し訳ありません、半端な場所ですが他に良いところが見つからなくて」
「いえ、大丈夫です」
姉はかぶりを振った。大介は「俺も家まで送る」と名乗りをあげる。
「お姉ちゃんがどんな家に住むのか見届けないと」
「何よ、それ」
姉が笑った。しかし、ルームミラーに映る運転手の眉間には、皺が刻まれる。
「……では、私も同行します」
「えっ。要らない」
大介は驚いて言った。姉は「何失礼なこと言ってるの」と厳しく大介を叱咤したが、大介も負けじと言い返す。
「だって、これから長い間お姉ちゃんと離れ離れになるから、俺、ちゃんとお姉ちゃんとさよならの挨拶をしようと思ってたのに。他の人がいたら、困る」
「だからって……この人にも、立場ってものがあるでしょう」
「俺にも立場ある」
「何の立場よ」
姉が呆れる。大介はぐうと言葉に詰まった。対亜人兵器の立場だと、言えるなら言ってしまいたかった。姉は少し躊躇ってから、それに、と続けた。
「……大介は、超自然現象の原因かもしれないんだから。一人にするわけにはいかないんでしょ」
それは嘘なのに、と大介は内心で地団太を踏んだ。もしかしたら、運転手がついてくると言い出したのは、姉に疑惑を与えないためかもしれない。超自然現象の原因である人物を、、住宅街にほっぽりだしたりするはずがない――そんな姉の意識に合わせるために言いだしただけかもしれないのだ。だとしたら、こんなに無意味なことはないと思う。
しかし、何も知らない姉は、ぽんと大介の背中を叩く。
「ほら、我儘言わないの。また電話すればいいでしょ」
「でも……」
「私、行くからね」
大介は膨れ面になった。いっそ子供みたいにダダをこねてやろうかと思った、その時だ。
困ったように黙っていた運転手が、口を開いた。
「……いいですよ」




