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「え」
「ここで行ってもらっても、大した問題は起きないでしょう。……お見送りしてきてください」
「いいんですか?」
姉が怪訝な声を出した。運転手は笑いながら「本当は駄目です」と答える。言葉の割に、先程より柔らかい声色だった。
「けれど、大介さんの気持ちもよく解りますからね。……特にお二人は、今まで二人きりで暮らしてこられたんでしょう」
「ええ、まあ……」
「でしたら、別れの挨拶もいると思います」
「ありがとう、政府のおじさん」
姉が何か言う前に、大介は車から滑るように降りた。運転手が妥協してくれたのは、大介が対亜人兵器であるから、機嫌を損ねてはいけないと思っただけかもしれないけれど、とりあえずはその善意に感謝したかった。いまだ車内にいる姉に、早く、と手招きする。姉は、本当にいいのかというふうに眉尻を下げて運転手を見ていたが、やがて頭を下げた。
「ありがとうございます」
彼女は車からおりる。大介は姉と並んで歩道に立った。政府から渡された地図に従い、彼らは歩き始めた。気を遣ったのか、蛙はついてこずに助手席でだらだらと過ごしていた。
*
ついた先の家は、以前大介達が住んでいたところよりも更に広かった。豪邸とまではいかずとも、姉の年齢で一人暮らしをするには大きすぎる家だ。クリーム色の壁をしたその家は二階建てで、庭もガレージもついている。また、見る限り傷や汚れはまったく見つからない。新築ではないはずだが、新築同然の家だった。
「……こんな家、無料で住んじゃっていいのかしら……」
姉は、恐縮というよりも「何か裏があるのではないか?」という疑念をにじませて呟いた。しかし、その”裏”である”親族を対亜人兵器として使用する”という事情を知っている大介からすれば、住め住め! という気持ちだ。なんなら政府から支給される手当金で、好きなようにリフォームしてもらってもいいくらいだ。実際、小鳥も構わないと言っていた。
「お姉ちゃん」
大介は、その大きな家の玄関の前に立って、姉に向き直った。深く頭を下げる。
「今までありがとう」
「……何よ、急に」
姉は肩を揺らした。
「今生の別れじゃないのよ?」
「そうだけど。でも、家を出てどこかに住むなんて、考えたことなかったから」
「大人になったら、よくある話よ」
「俺は子供だから、よくない話」
姉は「それはそうね」と目を細めた。
「俺……ええと、超能力とかよく解らないけど、とりあえず頑張るから。それで……もし俺に変な力があったら、俺、それで役に立てるように頑張りたいと思ってる。だからお姉ちゃんも応援して」
「……そうね。本当は大介には、もっと自由に道を選んでほしかったんだけど」
知っている。そのために、大介に厳しく勉強をさせようとしていたのだ。対亜人兵器について知っていたころの姉が、大介にそう言ってくれた。
「でも、応援してるわ。無理だけは絶対にしないで……体に気を付けてね」
「うん、ありがとう。お姉ちゃんも絶対気を付けて。肩とか痛くなったら、すぐあの病院に連絡して」
「ええ、解ってるわ」
姉は頷いた。大介も頷き返して――沈黙が落ちた。話が終わったなら戻らないと、あの運転手の人が待ってる……そう思うのだけれど、どうにも足が動かない。
対亜人兵器としての生き方に、今更けちをつけるつもりはなかった。仕方のないことだ。死ぬよりマシだ。人を助ける能力を得たのだから、運が良いとすら思う。けれど、姉と離れるのは、やはり寂しかった。けれど、それでも彼女に背を向けねば。
そう思った時、姉が「大介」と絞り出すように名前を呼んだ。




