ホーリー・蠍
流石に怒ってもいいだろうと大介は憤慨した。横で見ていた蛙も、「やっぱり対亜人兵器の奴らは信用出来ねえ」「恐ろしい」などと騒いでいる。鬼は遠い目をして、「責めるなら蠍を責めてくれ」と大介に言った。何の話だと思っていると、蠍が大介の手首を無理矢理取った。
「……この程度の怪我で、ピイピイ喚いてんじゃねえよ」
つまらなそうに言いながら、蠍が大介の傷口を親指の腹でぎゅうと押さえた。
「痛いんですけど」
無表情で文句を言う大介の手元が、不意に淡い光に包まれた。何、と思って見てみると、蠍に抑えられた部分が柔らかく光っていることに気付いた。ろうそくの揺らめきのような、か細い光だ。しかし、確かに光っている。
「蠍さん蛍だったの」
驚く反面、ほんのジョークのつもりで言ってみると、即座に脛を蹴っ飛ばされた。痛みでひっくり返りそうになるが、大介を掴む蠍の手がそれを許さない。切り傷より脛の方が痛かった。
「……終わった」
蠍は面倒そうに言って、大介から手を離した。鬼が「ほら」と大介に笑った。
「治ってるだろ」
「え。……あ、本当だ」
つられて指を見れば、先ほどまで確かにあった切り傷がもう消えている。痛みもない。さっきの怪我は気のせいだったのか、と思うくらいに、大介の皮膚は元通りだった。
「つまり、蠍さんの能力は……」
「そう。コイツは怪我を治すことが出来るんだ。顔に似合わねえ能力だろ」
「テメエ、ぶち殺されてえのか」
「おっと、悪い。中身もだったな」
「死ね」
蠍が問答無用で鬼の顔面を殴りつけようとしたが、鬼は煙になってそれをかわした。鯨はまだ桜に扇いでもらいながら、蠍を白い眼で見る。桜も溜息をついていた。桃が腕組みをする。
「本当、一番持っちゃいけない奴が癒しの能力を持ったって感じよね。……まあそれでも、戦闘に引っ張ってくれば後ろ盾になるから、安心して戦えることは戦えるけど」
「蠍さんは、どんな怪我でも治せるんですか」
「怪我自体は、どんなものでも治せるわ。ただそれは、怪我で死にかけてる人の命を確実に救えるってわけではないから、それは覚えておいて」
「どういう意味ですか」
「そもそもコイツの能力は、あくまで”傷を治す”だけ。たとえば、既に出血多量で死にかけてる人の傷を治しても、失った血が戻ってくるわけじゃない。早く輸血しないと、ただ綺麗になっただけの死体を生み出すことになるってこと。勿論、出血を止めるっていう意味では十分な効果を持つけどね。
あと、病気も治せないわ。病気と怪我は別物だからね。体に溜まった疲労とかも、取ることは出来ない」
じゃあ、と大介は考えた。
「たとえば、俺が車に跳ねられて、首の骨を折って、一瞬で死んだりした時は……」
「駄目よ。死んだ存在を生き返らせることは出来ない。……ただ、可能性は低いけど……もし首の骨を折ってもかろうじて息があったんだったら、間に合うわ。重要なのは、その存在が生きてることだから」
そうよね? と桃は確認した。蠍は特に否定をしない。桃の説明で正しいようだ。
「コイツの能力はシンプルだけど、一番お世話になると思う。これから大介は、どんどん特訓していかなきゃいけないからね。慣れないうちは、特訓でも怪我をする。それをコイツは治してくれるわ」
「ほう」
それは有り難い、と大介は素直に思った。まあ、癒しの能力を持つのが蠍でなければもっと有り難いというのが本音だったが。
「さて、これでやっと全員の能力の説明は終わりか」
鬼が笑う。そうね、と桃が頷く。
「どうする? 四十分くらいかかったけど……まだ時間はあるわよね」
「全員そろってるし、亜人細胞発症の練習でもさせとくか?」




