水遁・鯨
大介は頷いた。すると今度は、鯨が「じゃあ次は俺な」と進み出る。
「まあ、俺の力は他の奴等よりも結構見てると思うけど」
「うん」
大介は、初めて亜人を見た――姉とのあの日を思い返した。
「鯨さんは、腕を水にしてた」
そう、と笑った鯨は右腕で大きく上弦を描いた。溶けるように水へと形を変える。しかし、通常の水なら重力に従って落ちていくはずだが、鯨のそれは腕の形を保ったままだ。
「俺は体の一部を水に変えることが出来るんだ」
「前、その水で亜人を刺してた。ってことは、それは亜人細胞が含まれた水なんですか」
「今はな」
「今は?」
大介は首を傾げた。手を出してみろ、と言われたので、握手の要領で右手を延べると、「そうじゃなくて、皿みたいにしてくれ」と返された。大介は両手で皿を作った。鯨の腕から、水滴がぽたぽたと落ちる。ひんやりとしていて気持ちがいい。
「今俺の腕には、亜人細胞がいる。ただし、こうやって俺の腕から離れた時点で、それはただの水だ。飲んでも害はない」
「飲んでいいの」
「ああ。まあ、普通亜人の体から生み出された水を飲むような奴はいねえけどな」
「でも俺はちょうど喉が渇いてたから飲む。鯨さんごちそうさま」
大介は鯨の返事を聞く前に、もらった水を思い切り喉に流し込んだ。特別美味しいとは思わなかったが、澄んでいるような気がした。山の湧き水を飲んだかのような清涼感だ。
呆気にとられた鯨が、「お前よくそんなの飲めるな……」と言った。そんなのって鯨さんが出したくせに、と大介が唇を尖らせると、まあそうなんだがと鯨は苦笑いする。
「だからコイツは肝が据わってんだって」と笑った鬼が、大介の頭をばしばしと叩いた。「ただ考えなしなだけじゃね?」と蛙が言っているが、聞こえないふりで流す。
「まあ、とにかくだ」
鯨が話を進めた。
「俺の力はこんな感じで……亜人を攻撃する時は、水を槍の形に変えて思いっきり突き刺すんだ。大介も見たよな?」
鯨の水が形を変え、槍へと変化した。鋭い先端が、ゆらゆらと波打っている。大介は頷きながら、そっと触ってみた。触れるとやはり、ただの水だった。
「でも、本当の槍とは違う。水はあくまで液体だ。個体と違ってすぐに形が揺らぐ。
今水が腕の形に保たれてるのは、俺の意識によるものだ。ある程度はそれで保てるんだが、一定以上の衝撃で形が壊れるんだよ。
つまり、勢いよく突き刺しすぎるとダメだし、かといって力を抜きすぎれば攻撃が通らない。本来の俺の能力は、攻撃向きじゃないんだ。
大介のお姉さんが亜人になった時も、俺は正直心の中で、応援が来るまで勝てねえんじゃねえかって不安だった。ま、亜人細胞をコントロールするのは精神面が重要だから、もう出来るって思い込んで無理矢理行ったけどな」
「そうだったの」
あの時の鯨の思わぬ本音を聞いた大介は、驚いた。当時の大介には、鯨の態度が余裕に見えていたのだ。
「その節は本当にお世話になりました」
大介が頭を下げると、鯨は「いやいや」と楽しそうに笑った。そして、「お前もそのうち俺達の力になるんだから、それでイーブンだよ」と穏やかに言う。
「とにかく俺はあまり攻撃に向かないんだ。あとは一応水の温度も変えられて、まあ九十度くらいまでならあげられるんだが……それも同じく攻撃には向かない。対亜人戦は大体複数人の対亜人兵器が出てくる。そんな中で熱湯なんか使って戦ったら、誰かが火傷するかもしれねえだろ。
だから俺は、誰かといる時はフォローにまわることが多い。先輩と同じように敵の注意を引いたり――あとは、亜人の発生は場所によっては火災を引き起こすから、そっちの消火活動にあたったりな」
「亜人を倒すだけがすべてじゃないんだ」
「その通り。で、俺の能力の幅についてだが……まず、水を生み出すのは腕からしか出来ない。たとえば足だとか、頭だとかは出来ないんだ。このへんは桜とか鬼先輩とはちょっと違う。
あと、出せる水の量も俺の調子によって変わるんだ。良い時は100トンくらいの水を出せるが、体調が悪かったりすると50トンもいかない。これは別に俺に限った話じゃない。ここにいる全員がそうだ。体調は亜人細胞の発症に大きく関係するんだ」
「成程」
「あと、ちょっと変わった使い方としては、移動手段だな。一応水でも、他の皆と同じように移動が出来るんだ」
「サーフィンとかですか」




