脚力お化け・桃
大介は桃の足を見た。ジャージに包まれた足はすらりと伸びている。胸も豊かな彼女だが、足も長い。
大介は足が短いので、隣に並ぶと短足があからさまになりそうだ。
「全然綺麗な足に見えるけど、実はそのジャージの下には筋肉ゴリゴリの足があるとか、そういうことですか」
「ううん、有り難いことに見た目は普通なのよ。ただ、亜人細胞を発症させると一気に筋力が増すの」
「そしたらゴリゴリですか」
「なんでそんなにゴリゴリに興味あんの? フェチなの?」
桃さんの足がゴリゴリになったらもったいないと思って、と素直に言うと、桃はおかしそうに笑った。
「見た目は別に変わらないわ。筋力が増すのは、一時的なものだから。でも、発症させた時のパワーは、自分で言うのもなんだけど本当にすごいわね」
「実際どれくらいすごいんですか」
「実際に蹴りの重さを測定した時は、2トンだったかな」
「……2トン?」
呆気にとられた大介が、ぱっと両手を突き出す。鯨が真顔で「それはミトン」と突っ込んでくれた。ツッコミもしてくれる先輩がいる、それが対亜人管理局である。
蛙はぎょっとした顔で桃を見て、「脚力お化けだー!」と叫んだ。
「2トンって……ビルとか破壊出来るんじゃないですか」
「や、したことないから解んない。出来そうだけどね。でも、かなり本気でやって2トンってだけで、亜人戦の時にいつも2トン出してるわけじゃないからね。そんなことしたら反動もすごいことになるし。空飛ぶ時だけ、ちょっと力こめて蹴ってるくらいよ」
「脚力さえあれば蹴りで空飛べるんですか。なんか、格闘ゲームみたいで格好いいですね」
「いや、確かに脚力は重要だけど、脚力だけじゃ無理よ」
「そうなんですか。じゃあどうやって飛んでるんですか。気合いですか」
「違う」
一蹴した桃は、ひょいと右足をあげた。つられるようにそちらを見た大介は、おや、と首を傾げる。彼女の靴は大介達に支給されている館内靴とは少し違うのだ。
デザインもそうだが、明らかに彼女の足よりも大きい。靴のサイズがあっていないわけではない。ただ、靴に使われている布地の生地が非常に分厚いのである。
形はスニーカーのようだが、底もかなり高い。
「その靴が、何か関係あるんですか」
「そう」
桃は大きくうなずいた。
「これはね、飛べる靴なの」
「飛べる靴。いいな」
驚いた大介は、すぐに羨ましがった。飛べる靴だなんて、なんだか夢のある話ではないか。ぜひ大介にも履かせてほしい。
「貸してください」と直球で言うと、大介のそばを浮いていた蛙が「お前図々しいな」と呟いた。蛙さんはいつでも飛べるから気持ちが解らないんだ、と内心で反論する。
しかし、頭を振って鯨が否定した。
「その靴は、桃じゃないと意味ねえよ」
「え。そうなの」
「うん」
桃が右足を更に高くあげ、靴の裏を見せつけた。普通の靴の裏とは少し違う。何か、板のようなものがはめ込まれているようだ。
「この靴ね、上からの力が一定以上かかることで、この板の部分の面積が広がるようになってるの。勿論、体重程度じゃそんなことにはならないわよ。私の脚力で蹴りを出した時だけ、広がるわけ。
で、そのあと足を引き戻すと、今度は逆に靴底が狭まるようになってる。これね、鳥が空を飛んでる原理と同じなの。で、これで何回も空気を蹴って上にあがっていくってこと」
「成程。つまり、それで空を飛んでるってことですか」
「そういうことよ。ちょっと飛んで見せてあげようか?」
「いや、別に要らん」
「鬼に言ってないわよ。大体アンタだって、ドヤ顔で煙披露してたじゃない」
桃がふくれっ面になる。どうやら桃は能力を見せたいらしいぞ、ということはなんとなく解ったので、大介は「わー、見たいです」と言った。ふふん、と桃は嬉しそうに笑う。
「じゃ、行くわよ」
「はい」
桃が大介から、一歩分距離を取った。軽く膝を曲げる。――力強く床を蹴った。彼女の体が、高く飛び上がる。
「わー」
大介は先程と変わらぬ声をあげたが、今度は気を遣ったわけではなく、本当に感心したのだった。
この一瞬で、彼女の体はすでに高くまであがっていた。バスケットボールの世界大会で、大きく跳躍する選手を見たことがあるが、その比ではない。
もしここにバスケットのゴールがあったのなら、それはきっと今の桃の爪先より下に位置しているだろう。
桃が更に膝を引いた。それと同時に、彼女の体が更に高くへと昇る。もう既に、天井にも触れる勢いだ。
この部屋の天井は相当高く、二十メートル近くあるのだが、彼女があそこまでたどりつくのは一瞬だった。




