触手少女・桜
いいのか、と鬼をうかがったが、鬼は口端を吊り上げて「全力できていいぜ」などと言っている。周りの人間も止めない。
ならば、と大介は立ち上がり、拳を固めた。
「行きます」
鬼が頷くと同時に、大介は大介なりに全力で鬼の腹に向けて拳を突き出した。人を殴ったことなどないから大分不格好だったと思うけれど、それなりに勢いはあったはずだ。
――しかしその拳は、鬼の腹にぶつかる前にすり抜けた。
「あれっ――」
大介はそのまま前につんのめった。おっと、と鯨が笑いながら大介の首根っこを掴んでくれる。
「大丈夫か?」
大介は曖昧に頷きながら、改めて鬼の腹を見た。そして、ああ、と納得する。鬼は、腹部を煙に変えたのだ。
「こういうわけだ。こうすりゃ俺に物理的な攻撃は効かねえ。まあ、殴られたら自動的に煙に変わるだとかそんな便利なもんじゃねえから、不意打ちとかには対応出来ねえけどな」
「成程」
「俺は基本的に攪乱役だ。煙で相手の視界を奪ったり、動揺させたりする役目だな。ただ、攻撃手段はまったくない」
「そうなんですか」
「ああ。お前も知ってるとおり、亜人を倒すには、亜人細胞の核を亜人細胞で潰してやるしかねえ。
だが、俺の煙は亜人細胞じゃねえんだ。俺の煙を司ってる亜人細胞は、脳にあって……俺は、頭にある亜人細胞で色々考えながら、体を煙に変えてるんだよ。
煙は煙でしかない。亜人細胞とは違うんだ。普通、体の一部が変わるタイプの発症は、変化した部分が亜人細胞になってることがほとんどなんだが、俺の場合はどうも特殊らしい。
このメカニズムに関しては、まだ研究結果が出てねえ」
「ふむ。……つまり、煙はただの煙だから、亜人を攻撃しても細胞核は壊れないってことですか」
「その通りだ。
ま、仮に攻撃が通ったとしても、煙が物理的な攻撃を受け付けないのと同じように、俺も物理的な攻撃は出来ない。だから、どっちにしても意味はねえんだけどな。
そういうわけで、俺は基本的に単独で亜人を討伐したりはしない。一人だと攻撃出来ねえからな。常に誰かとマンツーマンでいることになる」
「なるほど」
頷いた大介に、鬼は「俺の亜人細胞の説明はこんなもんかな」と話を終わらせた。そして、隣にいた桜をみやる。
「じゃ、次」
はーい、と桜は楽しそうに笑いながら一歩進み出た。
「大介君ももう見たと思うけど、私の対亜人兵器の能力は、体の一部を植物に変える力なの」
言う彼女の両手が、次の瞬間にはしなやかな緑の鞭へと変わっていた。
今朝亜人を突き刺した、あのツルと同じように見える。ツルはするりと動いて、大介の頭を撫でた。植物に撫でられるというのは、なんだか変な気分だ。
「あとは、体から植物を生やすことも出来るかな」
「体の一部を変えるのと何が違うんですか」
「ううん、そうだなあ……たとえばこんな感じ」
その言葉と同時に、彼女の背からゆっくりと緑色の葉が生え始める。
まるで鳥が翼をゆっくりと開くように、葉は大きく成長し、次第に彼女の上半身を包めるほどになった。
これは、今日の朝大介を運んでくれた羽だ。
「これで飛べるのよ。でも、準備に少し時間がかかるから、鬼先輩みたいに陽動には向かないかな。
一度地面におりちゃうと、もう一回飛ぶのにまた何秒かかかるしね。
その代わり、ツルの方は結構な長さを出せるし早く動かせるから、ある程度亜人の注意は引けると思う」
「どれくらい長く出来るんですか」
「この太さなら、五十メートルくらいはいけるかな」
「太さが関係あるんですか」
「うん。細い方がより長く伸ばせるの。ただ、3ミリ以下には出来ない。
途中で切れちゃうんだよね。でも、3ミリ以上さえキープすれば、最大は二百メートルはいけるはず。」
「すごい。遠くの物取るのに便利」
大介が真面目に言うと、鬼が笑った。桃が「なんか今、通販番組の合いの手みたいだったわね」と鯨に囁いて、鯨のウケも取っていく。
大介としては真剣に言ったので、「本当に便利なのになあ」としか思えない。桜は「まあ、確かにそうだけど」と大介の言葉をとりあえず肯定して、しかしすぐに頭を左右に振った。
「二百メートル先の物はそもそも私の目に見えないから、とれないんだよね」
「あ、そっか」




