亜人の被害
大介は瞳をぱちくりとさせた。
「お前は二回連続でパワー型の亜人とぶつかってきてるから、想像つかねえんだろうが、一応辞典には載ってただろ? 幻覚を見せる亜人やら、神経に作用してくる攻撃をかましてくる亜人とかな」
「そういえば、結構書いてありました」
「だろ? 厄介なのはああいう手合いなんだ。今日みたいな奴とか、お前の姉貴の亜人とかはかなり楽な方だ。
なんせああいうのは、暴れるしか能がねえ。それに、頭もそれほど良くねえしな。
パワー型の敵なら、こっちもある程度はごり押せるんだよ。だから、サキュバスとか催眠を使ってくるような奴の方を、マジで警戒すべきだ。
正直俺は、ルシファーよりサキュバスの方がよっぽど警戒してるぜ」
「ルシファーも幻覚は使うじゃないですか」
桜が口を挟むと、鯨が肩を竦めた。
「この人は単純に、幻覚でも美人の女に迫られたら拒む自信がねえんだよ」
「ああ、そういう……」
「なんだよ、お前は拒めるってのか?」
「そりゃ、幻覚だって解ってたら拒みますよ」
「マジで好みのタイプの姿で出てくるらしいぜ?」
そういう問題じゃないでしょう、と鯨は溜息を吐く。
「ていうか、絶対ルシファーの方が怖いですって。なんか、すごい炎吐いてくるみたいですよ。一瞬でそこらじゅうが火の海になったって」
「ああ、アレか。七年前の」
「七年前って……中国の大火災ですか」
七年前、中国の都市部の半分以上を消失させる程の、恐ろしい火災が起きたことがあった。
当時は日本でもその話題で持ちきりで、一か月はその報道ばかりがなされていた。
火災はテロ集団による仕業とされていたが――今にして思えば、あれだけの規模の火災なんて、亜人でしかありえないのではないか。
実際、テロ集団がどのようにして巨大な規模の火災を引き起こしたのかは、当時も不明のままだった。
大介の言葉に、鯨は「ああ」と苦い顔をする。
「あれをやったのはルシファーなんだよ。被害者が多すぎて、記憶の隠ぺいにもかなり難しかったらしい。
……まあ、状況が状況だったから、亜人を見ても、極限状態で見た幻だって片付ける人の方が多かったみたいだけどな。
でも、よく中国の大火災のこと覚えてたな。アレって、お前が七歳くらいの時に起きたんじゃないか?」
「コイツは、二百十六年前の米国の研究改革も暗記してる奴だぜ。最近は教科書からも消えてるっつうのに」
地頭はともかく記憶力はいいんだよ、コイツ――と鬼は満足そうに言って、大介の髪をぐしゃぐしゃにした。桜と違ってまったく優しくない手つきに、大介は「おぐしが乱れる」と言いながら彼の手から逃れた。
聞いていた蛙が、「ルシファーってそんなこと出来んのか……」と強張った声で低く呟いている。
「でも、あの事件を起こしたのがルシファーなら、俺もサキュバスよりルシファーの方が怖いです」
大介が言うと、桃と桜と鯨が一斉に頷いた。鬼だけは「そりゃ俺だって、ルシファーが怖くねえっつったら嘘になるけどさ」と首筋をかく。
「でも、ルシファーとの戦闘で命を落とした対亜人兵器は、夢魔との戦いで死んだ数より少ないんだぜ?」
「え。そうなんですか」
「まあ、一般市民の被害者の数でいえば、圧倒的にルシファーの方だったけどな。だが、対亜人兵器の死傷者は少なかった」
「なんでですか」
「ルシファーの攻撃手段ってのは炎だ。勿論炎だけじゃなくて、爪だとか、翼の風圧だとかはあるし、さっき言ったように幻覚を見せる力も持ってる。だが、それもそこまで攻撃範囲が広いわけじゃねえらしい。
それに対して、対亜人兵器は独自で移動手段を持ってることが多い。桜とかが解りやすいだろ?」
「葉っぱで飛んでました」
そう、と鬼が頷いた。
「だから、対亜人兵器にとっては、範囲の狭い攻撃から逃げることくらい、簡単なんだよ。
だが、サキュバスみてえな奴は違う。アレはかなり攻撃範囲が広いらしいんだ。
となると、逃げきるのも難しくなってくる。
それでも、自律神経への作用を防ぐ亜人細胞を持ってる奴なんざ、そうそういねえ。少なくとも俺は聞いたことがない。だから大勢が死んだ。
……となると、問題なのはその後だ。仮にサキュバスをなんとか倒したとしても、対亜人兵器が一気に減っちまえば、”その後”に現れる亜人戦でかなり手間取るハメになる。
そしてその結果、多くの市民の被害を出すことになる。……だから俺は、ルシファーより夢魔の方が怖い」
「……まあ、確かに対亜人兵器としての被害は夢魔の方が深刻でしたけど」
鯨が顔をしかめる。
「ルシファーだって、その後の被害は深刻ですよ。
中国の都市部がほとんど壊滅したせいで、経済がものすごいダメージ受けたでしょ? 各企業も立ち直れずに、倒産が続出した。……あれから数年、自殺者の人数が右肩上がりしてましたよ」
「まあな」
鬼もそれはあっさり認めた。桜は「ルシファーにせよサキュバスにせよ、恐ろしいことには変わりないよ」と無難に話をまとめる。




