鬼の弱点
*
本日の洋食セットは、サラダとパン、コーンスープにカルボナーラ、イタリアンジェラートだった。
満腹になった腹を撫でながら、大介は自室に戻り、昨日渡された亜人辞典で亜人の勉強をした。鬼の授業こそ居眠りをしていた蛙だが、亜人辞典の中身には興味があるようで、楽しそうに覗き込んでいる。
いわく、ファンタジーの図鑑を見ているようで面白いとのことだった。勉強の邪魔になるので追い払えば、ふて腐れて部屋の隅で観葉植物に擬態しいじけていた。大介は構わず勉強をつづけた。
そして、あっという間に夜になった。その頃には蛙も完全に退屈していて、部屋から姿を消していた。亜人辞典の重要な箇所を書きうつし、自分で作った亜人辞典の問題を解いて答え合わせまで終わらせた大介は、ようやく一息ついて伸びをする。
「終わったか?」
突如、頭の後ろから蛙の声がする。驚いて振り向くと、美少女姿の蛙が宙を浮いていた。大介以外に見えないから当然なのかもしれないが、相変わらず気配がない。
「うん、もう今日は終わり。多分、そろそろ対亜人兵器の先輩が迎えにきてくれるから」
勉強の最中、鬼から部屋の電話に連絡があった。「九時前に迎えに行くからそれまでに用事を片付けておくこと、棚の中に常備されているジャージに着替えておくこと」と二つ命じられていたので、大介は洋服ダンスを漁る。
対亜人管理局で支給されている制服がジャージみたいなものだと彼は思っていたが、実際に運動用の衣服がきちんと用意されていた。制服同様に黒い衣服だが、手触りがさらさらとしていて、汗をかいても気にならなさそうだし、今大介が着ている服より軽い。
しかし、何故また黒なのだろうか。制服と同じでは間違えてしまいそうだ。
色々思いながら、大介はさっさと着替える。「俺もその服にしよ!」といった蛙が、一瞬で自分の装いも変化させていた。彼の服は、一見服に見えるが実はそうではなく、体の一部を服のように見せているだけなのだが。
着替えを終えた大介はソファに座り直し、テレビをつけてぼんやりと時間をつぶした。特に興味のないお笑い芸人を無表情で眺めていると、部屋の呼び鈴が鳴らされた。
見れば、部屋の扉のそばにあるモニターに、鬼と桃、桜、鯨の顔が映し出されている。蠍の姿は見えない。いないのか、それともカメラにおさまりきっていないのかは解らなかった。大介はモニターのそばにある「通話」という文字を押してみた。
「はい、大介です」
「迎えに来た」
鬼は簡潔に答えた。大介は頷いて部屋を出る。先程モニターで見た対亜人兵器のメンバーが揃っていた。
行くぞ、と言われたので、大介は鬼と桃の間を歩く。小鳥とは何を話したのかとか、食事は何を食べたのだとか、今まで何をしていたのだとか、色々と雑談を振られた。大介はそれに逐一答えた。最後の問いには、「亜人辞典で勉強してました」というと、一斉に感心した声があがり、ほめられた。
「偉いね、大介君」
桜が柔らかく言って大介の頭を撫でる。子ども扱いされている感はいなめないが、美人に撫でられるのは大介にとってかなり幸せだったので、されるがままにしていた。
「そういえば、朝にルシファーの話したもんな」
大介の少し後方を歩く鯨が、思い出したように言う。ルシファーね、と桃がげんなりした様子で答えた。
「絶対出てきてほしくないわ。街で亜人細胞が発症すると、毎回”ルシファーじゃないか”ってびくびくするはめになるもん。どこかで勝手に消えてくれればいいんだけど」
「まあでも、もう結構な数の報告あがってるからなあ。……いつかは日本にも来るだろ」
「それは解ってるんだけどさあ」
鯨の言葉に、桃は唇を尖らせた。そんな彼らを、鬼はからからと笑う。
「ルシファーなんかより、俺はサキュバスの方がよっぽど怖いぜ」
サキュバス、と大介は亜人辞典を思い返した。確か、史実上は悪魔の一種であり、眠っている男性の夢の中で女性の姿で現れ、淫らな夢を見せ精気を奪う、とのことだった。
「サキュバスも発見されてるんですか」
「ああ。まあ件数はそんなにないけどな。十年前に、アフリカで一回出てきたくらいか。でも、マジで男が何人も死んだって話だぜ? 亜人辞典に書いてなかったか?」
「多分、書いてなかったと思います」
「十年前じゃ、まだ亜人辞典には載ってないんじゃないかな。あの辞典、結構古いもん」
「ああ、そうか。一命にかかわるから、さっさと最新版に改訂してほしいんだがな」
「亜人辞典の原本を作ってるのはアメリカだって話だからねえ。アメリカがやってくれないと、日本語版も出せないんだよ」
使えねえなあ、と鬼は嘆息した。大介は、鬼さん、と鬼の腕をぽんぽんと叩く。
「あの、なんでサキュバスで男の人がいっぱい死んだんですか。あれは夢魔だから、寝てなきゃ相手は何も出来ないんじゃないんですか」
「だから、寝かされたんだよ」
「寝かされた」




