対亜人兵器ニ 任命ス
「あとは……部屋に入ったら解ると思うが、携帯電話が支給されている。テーブルの上に置いてあるはずだ。説明書も付属してある。今渡した紙にも書いてあることだが、その携帯電話は必ず持っておくこと。入浴時もだ」
「濡れても平気なんですか」
「一応防水性になっている。水没しても平気なはずだ。テストもしている製品だからな。だが、念のために落とさないようにはしてくれ。あくまで持って入るだけだ。
また、緊急時に急にデータが配信されることもある。容量がいっぱいだと受信出来ないから、何かプライベートでアプリケーションをダウンロードしたりするのは避けてほしい。君個人の携帯でやってくれ」
「あの、俺の携帯、そちらに預けてるんですけど」
「ああ、それも君の自室に戻してある。名義は君のお姉さんのままだが、お姉さんには今後、君が対亜人兵器としての仕事を続けるかぎり、手当金が振り込まれることになっている。だから、携帯代を気にすることはない。
……もっとも、君のお姉さんは、姉として”携帯を遣いすぎるな”と注意するかもしれないがな。そこはまあ、臨機応変にやるといい」
そうだ、と大介ははっとした。姉のことを聞かねば。手術はもう終わったはずだ。
大介は小鳥を見据えると、食い気味に「お姉ちゃんは」と尋ねる。
「どうなりましたか。術後は安定ですか」
「ああ、勿論だ」
彼女は躊躇いなくうなずいた。
「今日医者と話をし、何も問題ないようだったら、彼女には明日にも家に戻ってもらうことになるだろう」
「見送りは出来ますか」
「ああ。管理局の職員が彼女を仮住まいに送るから、同行してもらおう。出発の際には、局員から君の携帯に連絡を入れる。……ただし、君には嘘をついてもらうことになるからな」
「嘘」
大介がきょとんとすると、彼女は首肯した。
「君のお姉さんは、既に記憶隠ぺいの措置を受けた。彼女の中には、新しい記憶が作り上げられている。医者が確認して報告書をあげてくるから、君にはそれに合わせてもらう必要があるんだ。……事前に約束してもらったはずだが」
「ああ、そういえば……はい。大丈夫です」
大介は頷いた。確かにそのことは、元々言われていた。わざわざ記憶の隠ぺいを受けたことを思い出させてしまっては、意味がないだろう。しかし蛙は、大介の隣で不満そうにしている。
「何か、それって変な話だよな。お前の姉貴をだまして、お前を武器として使うってことだろ。……昨日の勉強会のこともあるし、俺、いまいちここの奴らって信用出来ねえわ」
大介は思わず蛙の方を見た。小鳥から「どうした?」と聞かれて、あわてて「何でもありません」と向き直る。昨日も垣間見せたが、蛙は対亜人管理局に対するよからぬ思いがそれなりに強いらしい。
「とにかく、詳細については書類に書いてある。今日中に必ず目を通すように」
「解りました」
「では、改めて任命に移ろう」
彼女はソファからゆっくりと立ち上がった。艶のある黒髪がさらりと肩を滑る。部屋の奥の、彼女用のデスクの上のレターケースから一枚手に取ると、またソファに戻る。しかし腰かけることはせず、立ったままだ。
「大介君、君も立ってくれ。今から任命書を渡す」
「あ、はい」
大介は急いで席を立ち、小鳥の正面に立った。小鳥と向き合う。自分より上にある顔は、真剣な顔をしていた。今にも刺されそうなくらいに、視線が鋭い。心臓がどきどきと鳴って、少し緊張する。
「三原大介殿」
紅の塗られた唇が、大介を呼んだ。彼女の腕がすっと伸び、任命書を掲げた。
「本日づけで、貴殿を対亜人管理局実践部に任命する。今後の我が国の未来は貴殿にかかっており、尽力を期待するものである」
任命書が、大介に向かって突き出された。蛙がぱちぱちと掌をたたいてくれる。大介はたどたどしく頭を下げると、そっと任命書を受け取った。
毛筆で書かれた固い文字が、綺麗に並んでいた。三原大介という見慣れた名前すら、なんだか立派なものに見えた。
「簡易的で申し訳ない。本当なら任命式なども執り行いたいところだが、時間がないんだ」
「いや、大丈夫です」
大介はすぐに頭を左右に振った。ここで任命書を渡されるだけで若干緊張しているのに、そんな風にされると困る。大介は別に上がり症というわけではないが、目立ちたがりでもない。
そんなことをするくらいなら、お祝いに犬の写真集でもくれたほうが有り難かった。
大介の反応に「そうか」と小さく笑った小鳥は、「とにかく、これですべての用事は終了した」と告げた。
「この後は、他の対亜人兵器のメンバーの能力を確認すると聞いてくるが」
「はい、そうです。あ、鯨さんだけはちょっと現場に残ってましたけど」




