討伐完了
「コイツの体どうなってんだよ?」
蛙が興味深げに、鬼の腰あたりに顔を寄せている。美少女が男の下半身をまじまじと見ている様は、なんとも微妙な光景だったが、彼女が口にした疑問は大介も持っていた。
「鬼さん」
「あ?」
「鬼さんの体は、一体どうなってるんですか」
「亜人細胞を発症させると、こうなるんだよ。俺の場合はな」
「下半身がどっか行くんですか」
「どっか行くわけじゃねえよ。見えてねえだけで、ちゃんとある。ただ、今日はちょっと風が強いからなあ」
意味が解らなくて大介が首を傾げると、「そうだな……」と鬼は小さく呟いた。
「今日のうちに、説明しとくか。お前、今晩空いてるよな?」
「何も予定はないです」
「じゃあ今日、ここにいる奴らの亜人兵器としての見せてやる。そうだな……二十時くらいでいいだろ。ああ、でも桃は今日帰りに買い物行きてえとか言ってたっけ?」
「そうだけど、別にそういうことなら明日でもいいよ」
話を聞いていた桃が、あっさりと頷く。鬼も首肯を返した。
「そうか。じゃあ、今日の二十時で。また夜に改めて声掛けるから……お前らもそれでいいな」
鬼が全員に問いかけた。それぞれがすぐに頷いた。蠍も面倒そうな顔をしているが、反論しないところを見ると、特に文句はないようだ。
蠍の鋭い目が、破壊された住宅街を見回した。そこにいるのはもう、対亜人兵器のメンバー全員と、鯨に抱えられた三十路程度の男性だけだ。
「支援はいつ来るんだ」
蠍が面倒そうに口を開いた。携帯を確認していた桜が、「もう、五分もしないうちに来るみたいだよ」と答える。そういう情報も、端末に配信されているらしい。そうか、と鬼が笑う。
「じゃあ、鯨。悪いけど、そこの”対亜人兵器候補”と一緒に施設に戻って、その後のケアを任せてもいいか」
「了解しました」
鯨は愛想よく笑った。対亜人兵器候補――それは、今の今まで戦っていた亜人のことだろう。
鯨に礼を言った鬼は「じゃ、もう戻ろうぜ」と続ける。
「いつまでもここにいたって、何もいいことはねえ。終わった喧嘩はさっさと引くのが鉄則だ」
「そんな鉄則があるんですか」
「いつまでも対亜人兵器が居座れば、マスコミに映像を残される可能性が高まるからな。勿論圧力かけて消させるが、何にせよ退散は早い方がいいんだ。
まあ、俺と桃と蠍は一応まだ”警察官”としての仕事が残ってるから、管理局に出てもまたすぐこっちに出てこなきゃなんねえけどな。……つうわけで鯨、後は任せるぜ」
「はい。あ、でも、報告書の提出はお願いしますね。俺、今回は担当じゃないんで」
担当とかあるんだ、と大介がぼんやり思っていると、桃が「最初に発症者を見つけた人が報告書を提出するのよ」と教えてくれた。へえ、と頷く大介の横で、鬼が顔をしかめた。
「俺も違ェよ。今回の担当は蠍だ」
「あ、そうなんですか?」
鯨の視線が、すっと蠍に向く。蠍は忌々しそうに顔をゆがめると、懐から煙草の箱を取り出した。煙草をくわえた彼は、「後でやる」と一言言った。「絶対出せよ」と鯨が念押しする。
「前の亜人戦の時お前が忘れてたから、小鳥さん困ってたんだぜ」
「困ってるなら俺に直接電話すりゃいいだろうが」
「やりにくいんだよ、対亜人兵器に何かを要求するのは。小鳥さんの立場も察してやれ」
ふん、と蠍が鼻を慣らした。
「くだらねえ。その権限があるんだから、立場なんざ気にしないで命令すりゃいいんだ。第一、本当に必要なことならあの女も命令してくるじゃねえか」
「あのなあ……お前、そんなこと言って、実際に小鳥さんが偉そうにふるまったりしたら、絶対ちゃんと働かなくなるだろうが。ただでさえ警察官の仕事もほとんどサボってるだろ」
「警察は義務じゃねえだろ。対亜人兵器としての仕事をこなせば働く必要はねえって言われてるはずだ」
鯨は嘆息して、それ以上蠍の態度には言及しなかった。ただ、「ちゃんと書けよ」ともう一度駄目押しはする。蠍は「解ってる」と鬱陶しそうに返事をすると、大介の腕を強引に掴んだ。
「さっさと行くぞ」
蠍は大介の返事を待たずに、ぐいぐいと突き進んでいった。大介は「あいた」と情けない声をあげながら引きずられていく。そして、肩を強引に掴んだ。
「おい、ブス。連れてけ」
「……蠍さん、女の人にその態度はさすがにないです」
大介は全力でドン引きしながら蠍を見た。蠍がギロリと大介に視線をやる。桜は苦笑いして、「いいよ、大介君」と宥めた。
「いつものことだから」
「……ならいいですけど。でも、桜さんはブスじゃないので、安心してください」
「ありがとう」
桜は嬉しそうに笑うと、腕からしゅるしゅるとツルを伸ばした。蠍と大介の体をしっかり縛る。暫くそれを眺めていた鬼だが、「じゃあ俺も運んでくれ」と桜に言った。桜がきょとんとする。




