現実
「どうやって飛んでるの」
「桜の能力は、体の一部を植物に変える力なんだ。まあ詳しいことはまた近いうち説明するけど……とにかく、その力を応用して、桜は背中から大きな葉っぱを生やしてるんだよ」
「葉っぱ?」
大介の頭に、モミジのような形の葉がなんとなく浮かんだ。しかし鯨が「人一人包めるくらいのデカい葉っぱだよ」と言ったので、自分の想像が間違っていることを知る。
「桜の体に生える植物は、強度も長さも桜の思いのままだ。まあ、一応限界はあるらしいが、それでも羽の代わりに使える程度には丈夫ってわけ」
成程、と大介は感心した。対亜人兵器とは、本当にいろんな種類があるらしい。
「つまり今の桜さんは、背中から葉っぱを生やして、それを翼代わりにしてパタパタ飛んでるということか」
「まあ、パタパタなんてもんじゃねえけどな。……ツルに保護されてあんまり風圧感じねえから解らねえと思うけど、かなり速度が出るんだぜ」
「そうなの。今はどのくらい出てるの」
「今がどれだけなのかは解らねえけど、一回管理局でどれくらいの速度が出るのかはかったことがある。時速二百キロ近く出てたはずだ。桜も自分の体をツルで保護してるから、それなりに出しても抵抗で怪我したりはしねえんだよ」
すごい、と大介は心から感心した。
「プロのテニス選手のサーブみたい」
微妙なたとえに、鯨が小さく笑うのが解る。体育の座学で担当教師が雑談で言っていたことを思い出しただけだが、しかし大介は桜を尊敬した。それと同時に、ははあと納得した。これが、桃の言っていた特殊な移動方法らしい。
「でも、桜さんがいない時はどうするの。移動出来ないんじゃないの」
疑問に思って聞いてみると、「早く移動出来るのは桜だけじゃない」と鯨が答えた。
「まあ、一番安全に人を運べるのは桜だけどな。単純に”早く移動できる”って話になれば、桃と鬼先輩もそうだ。だからあの二人は、各自で移動することが多い」
「鯨さんと蠍さんは」
「俺は一人だと移動そんなに速度出せないんだよ。短距離を一瞬で移動することは出来るんだけどな」
「どうやって?」
「それも今度説明するよ。とにかく俺は長距離の移動に向いてない。あと、蠍もだな。蠍はそもそも移動系じゃないから、そういうのはまったく無理だ。
だから、俺か蠍が管理局の中にいる時は、必ず桜か鬼先輩か桃も局内にいる。移動する時に誰かがいないと、かなり遅れをとる形になるからな。
まあ、基本的にヘリは常駐してるから、どうしても皆の都合がつかない時はヘリで移動するけどな。……でも、対亜人戦より重要なことなんて、俺達にはねえから」
ほう、と大介は呟いた。まあとにかく、対亜人兵器の能力もさまざまだということだろう。
俺はどんな能力なんだろう、と彼は運ばれながら考える。どうせなら自分も、移動できる力が欲しい。亜人細胞が発症し、よく解らない耳は生えたが、大介と人間の違いは今のところその程度だ。早くもっとうまく能力を使えるようになればいいのだが――。
「そろそろ着くんじゃねえか?」
鯨が言うと同時に、高度がゆっくりと下がるのを感じた。早いな、と大介は驚く。到着に五分とかかっていない。なるほど、これなら車で移動するよりこちらの方がよほど早いだろう。
体の中身がぐっとせりあがって、浮遊感に若干気持ちが悪くなるのを耐えながら、大介は地面におろされるのを待つ。そういえば蛙はちゃんとついてこられているのだろうかと心配になったが、それを鯨に問うても解らないだろう。
大介は黙って、大人しくしていた。
――やがて、大介の足元からするりとツルがほどける。傾いていた大介の体がツルによりゆっくりと立て直され、両足がしっかりとアスファルトを踏みしめた。それと同時に、全身のツルが緩む。とざされていた視界が開けた。
次の瞬間、目の前に広がった光景に大介は意識を詰める。
――大介の姉が亜人と化した時以上に、住宅街は破壊されていた。家が既に二つぺちゃんこになり、屋根瓦が地面に散っている。そのそばにある家並みも、壁に大穴があいていたり、大きな庭木がまとめて折られていたり、壊れた痕跡がある。
アスファルトは深く抉れ、土がむき出しになっていた。鼻の奥に否応なく流れ込んでくる悪臭は、きつかった。
館内で亜人の情報を得てから、それほど経っていないのに――大介は呆然と立ちすくむ。




