不愉快な移動方法
「俺達の携帯には、亜人が発生するのとほぼ同時に、その場所の地図と映像が衛星基地を経由して送られてくる。これを見れば、どんな状況かすぐに解るんだ」
大介は、答えられなかった。答える余裕がなかった。亜人のそばにいる人影は、小さすぎて表情がうかがえないけれど、必死にその場から逃げようとしているのが解った。――恐怖の金切り声が、聞こえてくるような気がした。
大介が固まっていることに気付いてはいるだろうが、それに構っている場合ではないのか、鯨はすぐに話を進める。
「俺達は今からそこに移動する。現地についたら、大介に指示する余裕はないかもしれない。その時は、とにかく対亜人兵器の誰かのそばにいるんだ。いいな」
大介はなんとか頷いた。よし、と鯨も首肯を返す。
「じゃあ、行こう。……びっくりすると思うけど、しっかり掴まってろよ」
「え」
鯨は太い腕で、大介の体を抱えあげた。子供どころか赤子のような扱いに、流石の大介も恥ずかしくなってやめてくれと訴えようとする。しかしその瞬間、隣にいる桜の腕が形を変えたので、それどころではなくなった。呆気にとられて、彼女を見つめる。
「そんなに見られると恥ずかしいな」
そう言って笑う彼女の腕は、太いツルになっていた。鳥のツルではない、植物のツルだ。赤茶色の太い植物が、彼女の肩あたりからにょきりと生えている。人間の手はなくなり、代わりに先端が二股に分かれていた。白い小さな花が、ところどころくっついている。
触手人間、という失礼極まりない形容を、大介はどうにか心の中だけに押しとどめた。一方の蛙は、抑え切れずに「触手人間だー!」と叫んでいた。これが彼女の、対亜人兵器としての能力なのか。
「じゃ、行くよ」
桜が言うと同時に、触手がするすると伸びた。大介と鯨の体にそっとまとわりついて、二人の体を締め上げる。鯨のことは決して嫌いではないが、だからといって大柄な体躯の男と密着させられても精神的苦痛しかない。暑苦しい。
大介が無表情で唸ると、内心を察したらしい鯨が苦笑いして、「ちょっと我慢してくれ」と言った。女の姿の蛙が大介の背に寄り添い、「俺が癒してやるよ!」と言った。自慢げに女体を押し付けられると、実際多少の癒しにはなった。
「じゃあ、行くね。怖くないから安心して」
桜が言うと同時に、大介と鯨の体が浮いた。男二人――片方は少年だが――の体重を苦ともしない動きで、ツルが大介達を持ち上げたのだ。おお、と大介は桜を見下ろす。これだけでも大介は十分驚いていたが、自分の体に巻き付いたツルが更に増えていることに気付いてぎょっとする。最初に自分に絡みついたツルが、何叉にも分かれているのだ。
どんどんと数を増やすツルは大介達をぐるぐる巻きにしていく。顔まであがってきて、遠慮がない。最終的に彼らは、目まで塞がれてしまった。怖くないから安心してと言われたが、怖かった。蛙なんて「ぎゃあ気持ち悪い」と叫んで大介から離れてしまう。薄情者、と大介は内心蛙をののしる。
「大介、大丈夫だ」
頭上あたりで、鯨のこもった声が聞こえた。
「これは別に危険じゃない。むしろ、安全のためにやってるんだ」
「安全?」
「ああ」
その時、ミノムシのように植物にくるまれた大介の耳に、その”外側”から桜の声が聞こえた。
「じゃあ、飛ぶね」
飛ぶ? と大介が思った瞬間、大介を包む植物の塊が大きく揺れるのを感じた。なんだなんだと思っている間に、ツルとツルの隙間から微かな風が流れ込んでくる。外の風景はまったくうかがえないが――しかし、どうやらこの植物は、大介を連れてそれなりの速度で空中を移動しているようだ。
「何がどうなってる……」
大介が呟くと、自分を抱えるようにしている鯨が説明してくれた。
「今、桜が空を飛んでるんだ」
「さらっとすごいこと言われた」
「疑ってるのか?」
疑う疑わない以前に、桜の姿が見えないのでどのように空を飛んでいるのかまったくイメージが湧かないのだ。




