つよいぞ!ルシファーさん
「教えてもらえました。分厚い辞典ももらいました」
「ああ、亜人辞典か。中身はもう見たか?」
「見た。ルシファーとか載ってた」
大介がルシファーの名前を持ち出したのは、「あんなフィクションまで辞典に入れるなんて」という呆れた気持ちによるものだった。
しかし、その名を聞いた鯨は真面目な顔をして頷く。
「そうだな。ルシファーだけは、とにかく警戒した方がいいと思うぜ」
「え」
大介は両目をぱちくりとさせた。
「……アレ、本当にいるの」
「え? だって、辞典に載ってただろ?」
確かに載っていたから話題にしたわけだが、大介はほとんど信じていなかった。中身も、ルシファーのくだりはそれほど読み込んでいない。
「ルシファーって……ほとんど創作物だと思うんだけど」
「なんだ、疑ってたのか?」
鯨は困ったように顔をしかめると、「まあ確かにあの辞典は、創作物がかなり混ざってるのは本当だけどな」と言った。
「でも、残念ながらルシファーについては、実在する可能性の方が圧倒的に高い。実際、最近になって似たような種の亜人の確認が報告されてる」
「でも、”実際に確認が取れた亜人”のページには載ってなかった」
「あの辞典は最新ではねえんだよ」
「二年前に改訂されたものだったっけ?」
「ああ。二年前の、九月あたりだったか」
そうだったのか、と大介は驚いた。奥付をきちんと確認しておけばよかったと後悔する。そのうち鯨に頼んで、彼が知っている限りの情報を書き加えておいた方がいいかもしれない。
鯨は顔をゆがめて言う。
「そのルシファーに似た亜人は……凄惨な被害をもたらしてるって聞いてる。なんとかこっち側が勝ったらしいが、その時対応した対亜人兵器の大半が死亡したそうだ」
「し――」
死亡、と大介は繰り返した。かたわらで聞いていた鈴も、声を失って顔を青ざめさせている。対亜人戦で人が死ぬことなど頭では解っていたはずなのに、無意識のうちに気が抜けていたことを自覚させられる。
鯨は真剣な声で言った。
「ルシファーに関しては、もうスキャニングを待つ必要はない。というか、そんなこと考える余裕すらないかもしれないんだ。命を守ることで精いっぱいになるだろう。
ルシファーらしき存在の確認がとれた場合は、他国からの支援も即要請することになってるしな」
「……そんなに」
「ああ。亜人が現れた時、まず俺達が意識しなきゃいけないのはルシファーだ。……絶対に油断しないでくれ」
大介は頷いた。部屋に戻ったら、改めてルシファーのページを読んだ方がいいだろう。少しばかり緊張した大介の心境を察した鯨が、「まあ今はいいよ」と小さく笑う。
「何もない時は、別にゆっくり過ごしてくれていいからさ。亜人と戦う時だけ、警戒してくれればいいから」
「そうよ。亜人が出てきた時は、ルシファーを警戒しなければいけないけれど……そうでなければ、普通に対応すればいいんだから」
「それに、そもそも大介はまだ一回も戦ったことがないからな。初戦はとりあえず、様子見ってことになるだろう。ちゃんと守るから、安心してくれ」
「ありがとう」
大介が頭を下げるのを見ていた鈴が、「大丈夫ですよ」と声を明るくして言った。
「大介の為に、私、ちゃんとお祈りしますからね!」
「ああ。よかったな、大介。鈴のお祈りはご利益あるぜ」
「そうね。鬼先輩も、カジノバー行く前に鈴ちゃんにお祈りしてもらったらすっごく勝ったって喜んでたし」
「鬼さんにはもうお祈りしませんよ。私、”今から戦いに行くんだ”ってやけに真剣な顔して先輩が言うから、すごく心配して神様に祈ったのに。帰ってきたら”バカラでバカ勝ちした! バカラでバカ勝ち!”とか騒いでるんですもん」
「ひどい裏切りだな、そりゃ――」
鯨が喉を鳴らした、その時だ。管理局の建物ごと揺るがすような大きな音量で、ブザーが鳴り響いた。




