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蛙はまだ不満そうにぶつぶつ言っていたが、それでも大介の手元を覗く。大介は、挿絵を指さした。
「ルシファー、だって。キリスト教に出てくるやつ」
そこには、人の形に近い男が、巨大な槍を携え、濁った色の翼を羽ばたかせている絵があった。表情は憤怒に歪められている。あの前髪の赤い、蠍と呼ばれていた男と通ずるものがある表情だと大介は思った。
蛙が首を傾げる。
「ルシファー……?」
「知らないの」
「いや、一応なんとなく知ってはいるけど……ルシファーってこんな人みたいな見た目なのか?」
「これは多分、どこかの宗教画を持ってきてるんだと思う。だから、絵によって見た目もだいぶ変わってくると思う。まあ、俺もそんなに詳しいわけじゃないけど」
「ふうん。じゃ、お前の知ってる範囲でいいから教えてくれよ。俺はマジで、うっすら知ってるくらいだからさ」
解った、と大介は頷いた。
「先生が授業中に雑学で教えてくれた程度のことだから、正しいかどうかは知らないけど……キリスト教の中では、ルシファーは元々一番偉い天使だったらしい。でも、なんでか知らないけど、神様を裏切ったんだって。それで、堕天使っていうものになったって聞いた」
「いや、それは人間の作り話だろ?」
「作り話っていうか……まあ、キリスト教の考え方なので、実際にルシファーという生き物自体を見たわけではないと思う」
「じゃあ、亜人かどうかどころか、本当にいるのかも解らねえじゃん。
それに、亜人が発生したのは三百年前だろ。俺もキリスト教くらいは聞いたことあるけど、あれは三百年以上前からあったモンじゃねえか。
亜人がまだ出てねえのに、なんでそれより前から伝承になってルシファーが載ってるんだよ」
「この本の中では、亜人自体は、亜空洞から亜人が乗り込んでくる前から存在したって考え方をしてるんだと思う。だから、堕天使だとかそういう怪しいのは全部突っ込んでるんじゃないの」
「人間はおおざっぱだな!」
「俺に怒られても」
大介は言いながら、ぱらぱらとページをめくる。
「……とりあえず、実際に外国で出たことのある亜人は、出来るだけ早く覚えていこう。ルシファーとか、神話みたいなところから出てるやつは、本当に存在するのかもわからないから、後回しにする」
「そうだな。頑張って詰め込めよ、これ見てるか見てねえかで戦局が左右されるかもしれねえんだから」
「さっきの授業寝てたくせに偉そうに言わないで」
「だ、だから寝てねえってば!」
慌てて反論する蛙を無視して、大介は勉強を始める。「無視するな」と怒る蛙の声を意識からシャットアウトして、亜人辞典を読み進めることに力を注いだ。
*
――日付が変わる少し前にベッドにもぐった大介は、次の日の午前八時ほどに目を覚ました。顔を洗って身支度を整えた大介は、食堂へ向かう。さすがにもう道のりも覚えたので、足取りに迷いはない。
「俺も何か食えればいいのにな」
大介の右斜め上をふよふよと浮遊していた蛙が、不満そうに言う。緑の髪が海中のわかめみたいにたなびくのを眺めながら、大介は「蛙さん、ごはん食べられないの」と尋ねる。
「食えねえよ。触れねえもん」
「箸とかは無機物でも、ごはんは有機物なのに」
「別に無機物有機物は、物のたとえで言っただけだ。俺は、お前以外の者はすべからく触れねえんだよ。……つか、お前そんな喋ってていいわけ? はたから変な風にみられるぞ」
言われた大介は、自分がうっかり蛙と普通に言葉を交わしてしまっていたことに気付く。「全然よくない」と口をつぐんだ大介を、蛙はけらけらと馬鹿にして笑った。




