あじん こわい
「助けられる命を見殺しにしろっつってんだぜ!? 人間は、そういうの嫌いじゃねえのかよ!」
「そりゃ、出来ればしたくないけど。でも、対亜人兵器が足りないのは事実だし……それに、別に見殺しにしろって言われたわけじゃない。防戦一方だったとしても、その間に、市民の人を安全なところに逃がしたり、守ったりすることは出来る。何もするなって言われたわけじゃない。むしろ、市民の安全に尽力しろって言われたっていう解釈も出来る」
「……そんな言い方じゃなかった」
蛙は拗ねたように反論した。しかし大介は、「そんなの解釈次第でどうにでもなる」と言い返す。
「だから、俺はもうちょっとここで頑張る。それに、なんにせよ、ここ以外に行くところなんてないし」
――大介の言葉を聞いた蛙は、先ほどまでの勢いが嘘のように黙り込んで、ふて腐れた。
一応は納得したということなのだろう。なんとなくしょげてしまったようにも見える姿に、庇護欲を刺激されたわけではないが――思うことはあったので、大介は素直に言った。
「蛙さんは、意外と良い子だ」
その言葉に、蛙はきょとんとした。そしてその直後、はっと我に返ったようにまばたきをする。動揺したように目を逸らした。
「べ、別にそんなんじゃねえよ」
「だって、人間を見殺しにするのが嫌だったからあんなに怒ったんじゃないの」
「に、人間なんかどうでもいいっつの! ただ、見殺しは寝覚めが悪ィから……」
「男の状態だとツンデレは可愛くないけど、可愛い女の子だとツンデレもなかなか微笑ましい」
「誰がツンデレだ、ぶっ飛ばすぞテメエ!」
「それでもうちょっと可愛い言葉を使えば完璧」
「り、理想に仕立てようとすんな! もういいから勉強しろ、ほら!」
蛙は大介の館内着の襟を引っ張り、視線を無理矢理亜人辞典に向けさせた。照れちゃってもう、と無表情で呟いた大介は、それでも一応視線を亜人辞典に落とす。
全ての頁に、ぎっしりと亜人らしきものについての情報が書かれていた。事前に言われていたことではあるが、本当に多種多様だ。
大木の幹に、人間が苦痛に悶える表情のような模様が浮き出た不気味なものから、三つ頭の子犬、更には幻覚作用のある鱗粉をまき散らす巨大な蝶や、鼻が曲がりそうなほど醜悪な臭いを放つらしいヘドロのような生き物もいる。
――まるで子供の妄想のような化け物が、丁寧に記されていた。
「蛙さん、見て。色々載ってる」
言われた蛙が、どれどれと寄ってきた。
「ふうん。なんか結構細かく書いてあるんだな」
「うん。このあたりのページは、実際外国で発生した亜人らしいから、データも多いらしい。……うわ、猛毒をまき散らすとかいうやつもある。怖い」
「猛毒!? そ、そんなのどうやって対処したんだよ!」
「それも書いてある。……とりあえず、亜人がまき散らした毒物自体は、地球上にある物質と同じだったらしい。だから、毒を吸ってしまった市民は一斉に救急搬送して、テロことで片付けたみたいだ。……対亜人兵器の方は、全員最初からガスマスクつけてたって。俺達もそうしてるのかな」
「かもな。ちょっとかったりいけど、命には代えられねえだろ」
「うん」
答えながら、大介は更に読み進めていく。
太古の恐竜を思わせるような、大きな翼の生えた亜人は、火の球を吐きつけてくるという。
孔雀のように色とりどりの羽を持った巨大な鳥は、その鳴き声を聞いた者の神経を狂わせるらしい。
他にも、奇妙な空間を作り出してそこを隔離したり、各人が一番恐れている者に姿を変えて脅かしたり――かと思えば、「特に秀でた能力はない」として書かれている、羽虫のような亜人もいる。
「なんか、こうなってくると亜人って一括りにも出来ねえな……」
蛙が思い切り渋面を作った。
「つか、お前大丈夫なのかよ。こんなのマジで化け物じゃねえか。相手に出来るわけ?」
「死ぬかも」
「し、死ぬかもじゃねえよ!」
慌てる蛙に、大介は「頑張るしかない」と答える。実際、この本に書かれていることがどこまで正しいのかは解らないのだ。一度やると決めた以上は、もうやるしかない。一方、蛙は「お前マジで無頓着だな」と怒っている。
「もっとしゃんとしろよ、しゃんと」
「でも、慌てたってどうしようもない。落ち着くしかない」
「そりゃそうだけどさあ……」
「あ、蛙さん見て。これは俺も知ってるやつ」
大介はいたって冷静に、亜人辞典の見開きを蛙に見せた。




