かえる おこる
「テメエ、何置いていってんだよ!」
――部屋に戻った瞬間、既に待ち受けていた緑髪の少年に大介は思い切り怒鳴られた。あれ、と大介は首を傾げる。
「蛙さん、なんで俺より早く戻ってるの」
「壁すり抜けられるっつっただろ、お前より早く帰ってくるなんかわけねえんだよ……じゃなくて! 何置いてってんだっつってんだ!」
蛙はまたぎゃんぎゃんと吠えはじめた。置いて行かれたことが、よほど不満だったと見える。今までも基本は一人で過ごしていたのだから、少しくらい一人に舌って良いじゃないかと思うのは、自分の心根が優しくないからなのだろうかと大介は内心溜息を吐いた。今まで一人だったからむしろ寂しいのかもしれないが、なんにせよ若干鬱陶しい。
というか、駄々をこねるならばせめて美少女の姿でやってほしいものである。
すると蛙が、「なんだよ、その”どうせなら女の時にこういう文句言えよな”みたいな沈黙は!」と更にあらぶり始めた。意外と察しが良い男でだ。
大介は「ごめんごめん」と雑に謝りながら、小脇に抱えた亜人辞典をテーブルの上に置いた。蛙は「適当かよ」とぷんすか怒りを示しつつ、空中をふよふよと泳ぎながら寄ってくる。
テレビ台の引き出しの中に入っていた筆記用具を取り出した大介は、ソファに腰を下ろした。亜人辞典を手に取って、開く。
「で、帰ってくるなり勉強か。偉いなあ、元春日中学の生徒は」
どことなく皮肉ったような言い方に、大介はちらと蛙を見た。すると蛙は、いつの間にか美少女へと姿を変えていた。一応大介の要望に応えてくれたらしい。
ゆるく波打つ緑の髪に、豊かな胸、すらりと長い手足。先程まで若干ぞんざいに蛙を扱っていた大介だが、急に緊張してきて目を逸らした。控えめに、「別に、春日中学の生徒とか関係ない」と言い返す。
「勉強したほうが良いと思うから、勉強するだけ」
「つっても、さっき長々と授業受けたばっかりだろ」
言いながら、蛙は大介の隣まで漂ってきた。顔をぐっと大介のそばに寄せる。綺麗な翡翠色の両目がこちらを見つめてきて、なんだかますます気まずくなった。
ほんの少しだけ頬を赤くした大介に気付いているのかいないのか、蛙は「ていうかさあ」と顔をしかめる。
「俺、さっきの授業受けててちょっと気になったことあんだけど」
「蛙さん寝てたじゃん」
「暇だから目閉じてぼーっとしてただけだ。ちゃんと聞いてたっつうの」
じゃあ何で授業が終わっても目を閉じていたんだと思いつつ、もう突っ込むのも面倒だったので、大介は無表情で話の続きを促した。
蛙は口を開いた。
「あのさぁ……対亜人兵器管理局って、なんか信用出来なくね?」
「どういう意味」
言っていることが理解できなかった。桃も鬼も、考え方はそれぞれあるようだが、それでも丁寧に亜人について教えてくれていた。先程の授業を終えた大介は、むしろ彼らを信用にたる人物だと思っていたのだ。
しかし蛙は、難しい顔をしている。
「まあ、アイツら自身は別に悪い奴ではねえと思うぜ? 俺もこの施設まわって、色々見てみたしな。……でも、対亜人管理局としては、疑問に思うところがあるわ」
「どこ」
「そりゃ、鯨の件だよ。お前の姉貴が亜人になった時、スキャニングを待たずに亜人を討伐して叱られたって。……そもそも、叱られること自体おかしくね? 人助けして叱られるって、変な話だろ」
「それは、今は出来るだけ多く対亜人兵器を集めたいから、やむを得ずにそういう指導をしてるんだと思うけど」
「だからって、鯨がもし命令違反しなけりゃ、お前死んでたんだぜ? そんな指導、あっさり受け入れていいわけ?
……それにさ、お前も対亜人兵器として戦うようになったら、そういうふうに市民を見殺しにしなきゃいけねえシーンが来るかもしれねえってことだろ。おかしいじゃん、そんなの」
蛙は言いながら、つやのある唇を尖らせている。
「なあ、変だと思わねえの?」
強い口調で問われた大介は、少し考えた。そして、答える。
「……蛙さんの考えも、解らなくはない。でも、俺はまだ”信用出来ない”って判断するには早いと思う。勿論、手放しに信じてもいけないと思うけど」
「なんでだよ! だっておかしいじゃん!」
蛙は、その可愛らしい顔立ちを思い切り怒らせた。




