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少年はいずれNになる  作者: 猫飯
控えめな誕生
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正義の味方ホエールマン

「本当はしちゃいけなかったのよ、あんなこと」


 桃が苦笑交じりに言う。


「あそこは別に、指定区域じゃなかったしね。本来なら十分間は、待たなきゃ駄目だったの。……でも、鯨はそうしなかった」


「どうしてですか」


「やっぱり、嫌だったんでしょ。……住宅街で暴れてる亜人を放っておくなんて。あの場面で十分間放っておいたら、あの辺りは全壊してたはずだわ。そうなると、多くの死者が出る。鯨はそれを嫌がったんだと思う」


 大介は、鯨の姿を思い浮かべた。大柄な体に、精悍な顔立ち。短髪の似合う爽やかな容姿に、優しい笑み。

――本当に正義の味方のようで、大介は無表情をわずかにほころばせる。彼のおかげで、自分の姉は助かったのだ。そして、ここにいれば、自分も彼のように誰かを助けられるかもしれないのだ。


改めてそれを実感した大介は、気が引き締まる思いを感じる。


そんな気持ちを察したように、桃が笑った。


「……あんまり大きな声では言えないけど、私はアイツの判断は英断だったと思ってるわ」


「そうだな」


 聞いていた鬼も、あっさりとそれに同意した。


「鯨はしこたま怒られたらしいが……それでも、大勢の人間を助けたことに間違いはねえ。十分間待て、なんて厄介なルールだが、正直なところ無視したって政府に殺されるわけでもない。


……助けたい奴を助けりゃいいさ。第一、十分待って被害が出た挙句亜人兵器にはなれませんでした、なんて俺は馬鹿げてると思うぜ。……勿論、実際にどう行動するかは、その時にならねえと解らねえ部分もあるが」


「そうね。今回に関しては本当に、鯨の判断が早くて助かったと思うわ。もう少し長ければ、お姉さんだってどうなってたか解らないからね。……あ、でも小鳥さんには、今私達が鯨のことを褒めたのは言っちゃダメよ。私達が怒られちゃうから」


「ああ、そうだな。俺らは別に、新入りにルールを破れっつってるわけじゃねえんだ。今のは独り言さ」


 大きな声で独り言を言う人間もいたもんだ、と思いながらも、大介はこっくり頷いた。桃は愉快そうに喉を鳴らすと、「じゃ、戦闘の流れをまとめるわね」と今までの話を締めくくる。


「まず、第一に亜人の様子を最低十分間探りつつ、周囲の人間の避難を促す。様子を見て、宿主が亜人を抑え込めそうだと判断したら防戦を続ける。そうでなければ攻撃に転じる。


攻撃に関しては、基本的には亜人細胞の核を狙うようにする。……ただし、それが解らない場合は、とにかく敵の殲滅を目標にする。


……こんな感じで解るかしら?」


「解りました」


「なんか、言葉にするとすげえ簡単に聞こえるな」


 鬼がおかしそうに口を挟む。桃が「本当に簡単ならいいんだけどね」と遠い目をした。


「でも、勿論こんな簡単にはいかないのよ。アンタの時の鯨と亜人との戦いは、かなりうまくいったみたいだけど。


でも本当なら、亜人細胞の核がすぐに解ることも、発症したばかりでまだ動きが鈍い状態の亜人と戦闘になることも、普段はほとんどないの。大抵は核が解らないまま、なんとかアタリをつけて攻撃していくことになるし……亜人との戦闘だって、連絡を受けて駆けつける頃にはもう多少の時間が経ってて、亜人の動きは活発になってる。


まあ、私達には特殊な移動手段があるから、かなり速い方ではあるんだけど……」


「特殊な移動手段」


「ええ。まあ、それはまた今度言うわ。それを説明すると、他のことも絡めて言わなきゃいけなくなるから。


……とにかく、アンタが見た鯨と亜人の戦いは、鯨にとってものすごく有利な状態で起きたものだったの。だから、本来ならもっと苦戦してたと思うわ。亜人だって、発症してからある程度時間が経てば、本格的にこっちを攻撃してくるようになるからね」


 そこで大介は、ふと疑問に思った。


「桃さん。質問です」


「何?」


「さっき休憩する前に、亜人は人間と戦争中だって言いましたよね」


「そうね」


「じゃあ、やっぱり発症したばかりの亜人も……ええと、俺達にはっきりした敵意みたいなものを持ってて、だから襲い掛かってくるんですか」


 大介が初めて会った亜人は、大介に明確な殺意を向けていた。しかし、それが全ての亜人に対しての話ではないとしたら――和解とまではいかずとも、もしかしたら、戦闘を回避出来るのではないか? と思ったのだ。


 すると桃は、そんな大介の期待に応えるように、頭を左右に振った。


「……厳密に言えば、殺意を持ってるわけじゃないわ」


 おお、と大介は若干前のめりになる。しかし桃は、きっぱりと言い放った。


「でも、それよりもっと厄介なものよ」



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