亜人の殴り方
よろしい、と桃は微笑んだ。
「それじゃあ今度は、肝心の倒し方ね。基本的には、”亜人細胞の核の破壊”が条件になるわ」
「核の破壊」
「そう。鯨がアンタのお姉さんを助けた時もそうよ。鯨が亜人戦った時、アイツアンタに、何か聞かなかった?」
聞かれたっけ、と大介は記憶をたどる。やはりまだ、あの時のことはしっかりと思い出せていないのだ。ううん、と頭を悩ませる大介を眺めていた鬼が、口を開く。
「三原」
「はい」
「思い出せねえなら、”鯨が亜人のどこを攻撃したか”でもいいぜ」
「どこを……」
言われた大介は、あの時の鯨を思い返した。
――清らかな水を、かろうじて左腕の形に留めていた、大柄な男。彼は、天に向けて水柱を迸らせたのだ。そしてそのまま、それに引っ張られるようにして、天高くまで跳躍したのである。その時、亜人はアスファルトをのたうちまわっていた。
鯨は亜人の肩に狙いを据えて――。
「肩」
思い出した大介は、ぽんと手を打った。
「そうだった。鯨さんは俺に、お姉ちゃんの体に何か異変はなかったかって聞いたんだった。それで、お姉ちゃんの肩が、なんかコブみたいに膨れてたのを思い出して、俺はそれを鯨さんに言った。そしたら鯨さんが、そこを水の腕でぐさーってした」
「そうね。そこに細胞核があったのよ」
「細胞核」
さっきから桃が核、核と言っているのは、細胞核のことだったのかと大介は思った。しかし、そうだとすると不思議な話だ。
「細胞核なら、普通はどの細胞にでもあるんじゃないですか」
生物は通常、単細胞生物でもない限り複数の細胞を持っているし、その全て細胞核を宿している。つまり、どこどこに細胞核があるという話ではなく、全身にあるということになるはずなのだ。
「それとも、亜人は別なんですか」
大介が問うと、桃は考えるように茶色い毛先を指先でいじった。
「ううん……別っていうかね。ええと、亜人細胞って、実は多細胞生物じゃなくて、単細胞生物なの」
「……そうなんですか」
大介は驚いた。大介も、生物の授業で多少細胞については習っている。
大介の知る限り、単細胞生物は、陸上では肉眼で見えるか見えないか程度の大きさしか維持できなかったはずだ。
しかし先日見た亜人は、大介よりもはるかに巨大であった。すると鬼が、「元々は単細胞生物なんだ」と注釈をいれる。
「少なくとも人間の体に寄生してる時点では、単細胞生物だ。
それが、宿主――つまり人間の感情のたかぶりによって急激に分裂、結合して、多細胞生物へと変化する。それで結局亜人になるんだ。ただ、宿主の人間の細胞が消えたわけではねえ。乗っ取ってる、っつうのが一番近いかな」
「うわ、なんか気持ち悪い」
「今更かよ」
鬼がおかしそうに笑った。桃もあわせて笑うと、「それでね」と鬼の説明の続きを引き取った。
「そうやって人間の体を乗っ取って、亜人細胞が発症するわけだけど。……でも、単細胞生物だった時に存在した核そのものは、元々寄生されてた場所から動いてないのよ。
多細胞生物になる段階で増加して細胞にも、何故か核はないの。普通、核がなければ形は維持できないはずなんだけど……まあ未知の生物だからね。そのあたりは研究中よ」
思い出してほしいんだけど、と桃は腕組みをする。
「たとえば、アンタのお姉さんの場合は……肩から大きくなって、変化していったんでしょ」
「途中でふっとばされてしまったのでよく覚えてないけど、最初に見た時は肩が変でした」
「それは、肩に寄生してた亜人細胞が分裂して数を増やしてたってことなの。
だから鯨は、自分の亜人細胞でお姉さんの肩を貫いた。亜人は、異なる亜人細胞との衝突でしか破壊出来ないからよ」
「あ、それは小鳥さんが言ってました。亜人細胞の核は、亜人細胞でしか壊せない。だから、亜人兵器はすごく重要なんだって」
「そう。……亜人細胞の核を消せば、増殖した亜人細胞は消えて、乗っ取られていた宿主の細胞……つまり人間の体の細胞は、また急速に再生を始める。つまり、亜人細胞の核をつぶせば、亜人を人間に戻せるの。
まあ、あんまり長い間亜人でいると、完全に一体化してしまって、戻れなくなるんだけどね。
……とにかく、亜人を殺せるのは今のところ私達しかいないってこと。亜人細胞を組み込んだ武器の開発もやってるんだけど、うまくいってないみたいだから」
まとめると、と彼女は綺麗に染められた髪を耳に引っ掛ける。形の良い耳がのぞき、金のピアスが煌めいた。
「私たちの仕事は”亜人細胞の核を壊して亜人を倒す”ってことになるの。
亜人細胞の核が壊れれば、増殖した他の多数の細胞も消える。そしたら、乗っ取られてた宿主の細胞が戻ってくるってわけ」
「じゃあ、核の場所が解らなかったらどうしたらいいんですか」
「その場合は、とにかく亜人の全てを、原型を留めなくなるくらいまで粉々にするしかないわね」




