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「あ――」
「あ?」
「あ……握手」
「…………握手ゥ?」
蛙が思い切り顔を歪めた。そして次の瞬間、大介の頬を思い切り引っ張る。
「いふぁい」
餅のように伸びる頬を気に止めず、蛙は顔を赤らめて怒鳴った。
「お前、こんなに良い女に迫られといて、言うに事欠いて握手って何だよ! つか、握手はさっきやっただろ!」
「お、女の子との握手はまた別物。握手でも童貞には精一杯。童貞を馬鹿にしないで」
「ふざけんな、お前は童貞以下だ! せめてキスくらい言え!」
そう怒鳴った蛙は、大介の襟首を思い切り引っつかんだ。え、と思っている間に、顔が思い切り引き寄せられる。
――唇に、ふにゃりとした感触があった。え、と思った瞬間、舌が無理矢理ねじこまれた。
大介の頭は真っ白になった――。
*
部屋にノックの音が響いて、大介はゆっくりとソファから立ち上がった。のろのろと歩いて、扉を開く。
顔を出したのは、鬼だった。相変わらずどぎついピンク色をした髪をかきあげた彼は、黒い館内服に身を包んでいる。
「よう、三原。悪かったな、待たせて」
鬼は、軽い口調で謝罪する。約束していた時刻よりも、今は十分程遅い。
「うっかり居眠りしちまってさ。マジで悪かった」
しかし大介にとっては、鬼の遅刻などどうでも良い話だった。むしろ、そんなことよりもよっぽど巨大な衝撃に、大介はただぼんやりするばかりである。鬼が、訝るように眉を寄せた。
「何、お前。なんか昨日よりぼーっとしてね? 何かあった?」
「……お」
「お?」
「……大人の階段を、十段くらい一気に昇ってしまった……」
大介は頭を抱えたかった。大介は、キスは本当に好きな子が出来るまでとっておこうと考えていたのだ。
それが、いくら美人でも出会ったばかりのマスコット少女に取られてしまうなんて――大介にとっては大失態である。
一方、大介の隣では、蛙が「そんなに嫌がらなくてもいいだろ」と膨れ面をしている。
緑色の髪をかきあげて、ふて腐れた。
「ちょっとしたサービスじゃねえか。それにさ、気持ち良かっただろ?」
「…………気持ち良かったところがもっと嫌なのに……」
大介が言い返すと、鬼がますます顔をしかめた。
「何独り言言ってンだ、お前」
「え」
言われた大介は、そこではっとした。そうだ――鬼には蛙の姿は見えないのである。
どうしよう、と大介は迷った。自分は、亜人細胞の発症により、見えざるものを見る能力を手に入れたのだと、伝えた方が良いだろうか。
しかし、大介以外には一切見えないのに、はたして信じてもらえるものか――。
「やめとけよ」
大介の思考を読んだように、蛙が言い放った。ふわりと空中に浮いた彼女は、自身を抱くように小さく体育座りをする。
「どうせ伝えたところで、コイツらに俺の姿は見えねえんだ。頭がおかしくなったと思われるのがオチだぜ。
それに、俺だってあんまり周りに認識されたくねえんだ。ここ、生体実験とかもやってンだろ? 妙な拷問とか、受けさせられたら嫌だしな」
拷問とは言いすぎだろうと思うが、しかし何らかの実験をされる可能性は否定出来ないかもしれない。
現在危機に頻している日本においては、どんなものでも利用せねばならないだろう。
大介は迷ってから、結局「なんでもないです」と鬼に言った。鬼はまだ腑に落ちない様子で大介を見ていたが、やがて軽く肩を竦める。
「ま、何の話してンのか知らねえけど……何か気になることがあったら、適当に相談しろよ」
見えない美少女に唇を奪われました、なんて相談出来る気がしないが、大介はとりあえず「解りました」と答える。
そして、「今回のことは事故だった」と、仕方なしに割り切った。あれはキスではなく、ただ体の一部が衝突しただけだ。いわば、出会い頭に誰かとぶつかったに過ぎない。




