謎の少年、蛙
暫く話してから電話を切った鯨が、挑発的に口端をつりあげた。
「死ぬほど知識詰め込んでやるから覚悟しとけ、だってよ」
大介が「受けて立つ」と無表情で答えると、桜と鯨は声を揃えて笑った。
*
――時間になったら、部屋に迎えが行く。それまで体を休めたり、館内で遊んだり、好きなように過ごしてほしい。
そう言われた大介は、まず食事を済ませた。初めてルームサービスを利用してみたところ、食堂で会った元気の良い少女が持ってきてくれた。「私はオムライスが得意だって言ったじゃないですか」と言いながらハンバーグを渡してくれた少女に、大介は無表情で礼を言った。
ハンバーグを完食して、皿を廊下に出してから――こうしておくと、係の人間が持っていってくれるらしい――大介はすぐに風呂に入った。広すぎる浴槽で十分に疲れを取った大介は、すぐに部屋を出た。
そして現在は、図書室で借りてきた大量の犬雑誌を抱えて、いそいそと自室に戻ってきたところだ。図書室への道に迷い、若干時間を無駄にはしたものの、八時までにはまだ一時間ほど余裕があった。借りてきた本の三分の一くらいは読めそうだ、と内心うきうきしながら、テーブルまで歩く。よっこらしょ、と本の山を机上に置いた大介は、早速ソファに腰を下ろそうとした。
――そして、ふと視線をやった先にいた人物に、目をぱちくりとさせる。
「よう、おかえり」
――それは、少年だった。大介と同い年くらいの子供だ。アーモンドのように形の良い瞳に、すっと通った鼻筋。薄い唇は、どことなく小生意気な笑みを浮かべている。短く切り揃えられた髪は、何故か緑色をしていた。身に纏っているのは、大介や鯨達と同じ、この部屋に元々置いてあった黒いジャージのような服である。
「……誰」
呆気にとられた大介は、思わず言った。
大介は、この少年がここにいたことに全く気付かなかったのだ。気配すら感じなかったのである。これが部屋の隅にいただとか、そういうことならまだ理解出来るが――こんなに堂々とソファに座っていて気付かないなんて、大介は自分で自分が信じられなかった。
一方、頭が緑の少年は、足を組んでいた足をといて腰をあげる。大介の正面に立った。
「俺は、お前の味方だ」
「え」
大介は内心で猛烈に引いた。不審者だ、と心の中で警鐘を鳴らす大介に構わず、少年は続ける。
「名前はねえから、好きなように呼んでくれ。お前の周りって、動物のあだ名の奴が多いだろ。だから俺もそれでいいぜ」
大介は困惑する。……こういう場合は、どうしたら良いのだろうか。味方だと言っているし、実際その真っ直ぐな瞳に敵意は感じられない。
しかし、勝手に大介の部屋に入っていたのは、どう考えても問題だろう。もっとも、「近いうちに正式な部屋が用意される」と言われているので、今あるこの部屋は仮住まいなのだが――そういう問題ではないはずだ。
第一、虹彩認証は無いにしろ、きちんと施錠はされていたはずなのだ。大介のポケットには、部屋に用意されていた鍵がまだ入っている。それなのにこの少年は、いかにしてここに踏み入ったのだろうか。
「ええと……じゃあ、蛙さん」
好きに呼べと言ったので好きに呼ぶと、少年――蛙は微妙に渋い顔をした。
「蛙かよ……まあいいけど」
「あの、なんでここにいるんですか。誰か知らないけど、とりあえず出ていってください」
「は? なんでだよ、味方だっつったろ」
「味方でも怪しい。またちゃんとアポを取ってから来て」
大介がきっぱりはねのけると、蛙は目に見えて慌てだした。
「ち、ちょっと待てよ、俺わざわざ出てきたのに……つか、せめて話だけでも聞けって!」




