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少年はいずれNになる  作者: 猫飯
控えめな誕生
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どら焼きとわらびもち

「解りました」と頷けば、鯨と桜は柔らかく微笑んだ。

蛇も、満足そうに目元を和らげる。


「頑張ってね。期待してるよ、新入りさん」


 ぽん、と大介の背を叩いた蛇の所作は、やはり子供とは思えないくらい大人びていた。



 それから大介は、鯨と桜と共に広すぎる館内を巡った。

 歩きながら鯨が説明するには、この対亜人管理館は、三つの棟に分かれているそうだ。


 まず一つ目が、先程蛇と挨拶を交わした研究棟だ。いくつもの研究設備が整っており、ほとんどの分野で最新鋭のものを取り揃えている。百人を超える研究員が在籍しているらしいが、全ての機材を扱う権限を持つのは蛇だけだそうだ。


 その次の棟は、健康管理棟――ひらたく言えば、病院である。大きな総合病院と並ぶほど立派な作りで、常に医師と看護師が勤務している。健康面で不安があれば、いつでも担当医に相談することが可能だ。


 また、対亜人兵器達は、一週間に一回の簡易的な健康診断に加え、一ヶ月に一回の精密検査を受けなければならない。鯨は、「ここは嫌でも馴染む場所になると思うぜ」と苦笑いしていた。


 そして最後が、普段大介達が過ごしている寄宿棟である。こちらはとにかく金をかけて作られている。趣味の悪い成金のような作りではないにしろ、所々に置かれた調度品や、壁にかけられた絵画などは、いかにも高そうだ。おそらくは、対亜人兵器達――つまり大介達に快く過ごしてもらえるようにという配慮だろう。


 勿論その配慮は内装だけにとどまらない。大きな娯楽室には、ゲームセンターにあるゲーム機やら、ビリヤード、麻雀、ポーカーテーブルに至るまで、様々な遊戯の準備が整えられている。


 二十四時間常に解放されているようで、受付にはまたも見た目麗しい女性がディーラーとして構えていた。「あとで七並べしよう」と鯨と桜を誘えば、彼らは笑って了解してくれた。


 それ以外にも娯楽は豊富で、巨大な温室プールにフィットネスクラブ――大人びた雰囲気のバーカウンターに図書室、ミニシアター。これらは全て、対亜人兵器なら無料で利用することが可能だそうだ。


「なんでも、亜人対策に裂いてる国家予算の三分の一は、この寄宿棟に使われてるらしいからな。噂だけど」


 至れり尽くせりだな、と大介は無表情で内心舌を巻く。確かに、対亜人兵器がそっぽを向けばこの国の終焉なのだから、そうならない為に必死なんだろうとは思うが――その金は税金から出ているのだから、国民が知れば怒り狂いそうな話である。


 館内のほとんどの見学を終えて、大介達は食堂で一休みすることにした。湯呑みに注がれた梅昆布茶を啜りながら――なんだかとんでもなく高級な梅昆布茶らしいが、大介には解らなかった――足をぷらぷらと揺らす。


「大介君、どうだった? 管理局の中」


 桜が、注文したわらびもちをひとつ飲み込んでから首を傾げる。大介は、食堂の券売機にあった“本日のお茶菓子”で出てきたドラ焼きを咀嚼しながら、こくんと頷いた。口元についた栗入り餡子を拭ってから、返事をする。


「最初は、研究とか病院とかばっかりでよく解らなかったけど、寄宿棟はすごかったです。あれが全部タダって、すごすぎて怖いです。あと、七並べは絶対やりたいです」


 大介の返事がとりあえず好感触であることに、桜は見るからにほっとした様子を見せた。良かった、と薄紅色の唇を微笑ませる。


「大変なことも多いけど、でも、その分出来るだけのことを国にはしてもらってると私は思ってるの。だから、大介君がそう言ってくれて、本当に安心した」


「大介なら大丈夫だろ」


 鯨がおかしそうに言った。


「鬼先輩も言ってたけど、大介は肝が据わってンだよ」


「それ、俺も直接言われた」


「だろ? あの人は大介を買ってるからな。……プレッシャーに感じる必要はねえけど、でも、俺も期待してるよ」


 言われた大介は、自分の頭を撫でた。今は既に引っ込んでいるが、昨晩そこには“乳歯”などと散々からかわれた獣の耳があったのだ。


「乳歯なのに期待してるの」


 多少の自虐を込めて言えば、鯨は広い肩をひょいと竦める。


「まあ、乳歯は乳歯だけどさ。でも、それよりも対亜人戦で重要になるのは、メンタル面の強さだ。


亜人の発症をコントロールするのは、勿論慣れの部分も大きいけど、基本的には感情が強く作用する。

そこにきてお前の図太さ……いや、ふてぶてしさ……じゃなくて、ええと――落ち着きは、必ず武器になるはずだ」


「今俺ボロカスに言われた」


「や、ちょっと言葉選びが難しかったんだって」


「鯨さんひどい。俺心折れた。亜人になってしまう」


「その冗談シャレにならねえから!」


 慌てる鯨に、桜がくすくすと笑う。


「本当に、大介君なら大丈夫そうね」


 その言葉が嬉しくて、大介は無表情で胸を張った。


「俺は大丈夫です。まだ乳歯だけど、頑張ります」


「うん。私も出来るだけ協力するし、危ないことからは守るからね」


「え。桜さんは女の人だから……ええと、俺が守ります」


 自分で言いながら、大介は「今のはちょっと格好よかった」と内心で自画自賛した。桜は驚いたように目を見張ってから、すぐに「ありがとう」と微笑む。


「じゃあ、守れるように強くならないとな」


 言って笑った鯨が着ている支給服のポケットから、流行りの音楽が鳴った。携帯を取り出した鯨は、「ちょっとごめん」と桜達に一言言って電話に出る。


「もしもし。……今仕事終わりですか?」


 桜が、「鬼先輩?」と鯨に囁く。鯨は頷いた。


「……はい。今ちょうどこっちも、管理局の案内を終えたところで、食堂で休憩中です。……ああ、はい。解りました」


 電話口の相手に何度か頷いた鯨は、視線を大介に寄越した。


「大介」


「ん」


「先輩が、今日の授業は何時からがいいかって。二十時以降から決めてほしいっつってる」


「亜人についての授業のこと」


「そうそう」


 大介は、食堂の壁にかけられた大きな時計を見た。時刻は、十七時二十分を示している。二十時なら、まだまだ時間に余裕があるだろう。図書室に犬の雑誌を借りに行く時間が欲しいと思っていた大介は、それだけあれば十分だと頷く。


「二十時で大丈夫」


 了解、と軽く答えた鯨が、電話でその旨を鬼に伝えた。

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