子供科学者、蛇
それは本当にすごいのではないか、と大介はそこで若干尻込みした。しかし鯨はあっさりと扉のノブに手をかけ、「失礼します」と声をかける。部屋に一歩踏み入った。
――そこは、大介のイメージする研究室そのものであった。天井の高いその部屋には、いくつかの巨大な装置が置かれている。大介には、それらが何なのかすら解らない。
大介の数倍大きな丸い球体には、何本ものコードが這っている。円柱の形をした器には、薄い緑色をした液体が詰められていた。下部から、ぽこぽこと小さな気泡が出ている。さながら、怪しい実験所にあるそれのようだ。
他にも、一目見ただけではそれとは解らない機械が、ところせましと並んでいる。なんだか、いきなり未来に飛ばされたような気持ちになって、大介はきょろきょろとした。
――ふと、部屋の奥に小さな人影があることに気付く。その人物は、黒い革椅子に腰掛け、しかめつらで書類を睨んでいる。
「蛇さん」
桜が声をかけた。蛇、と呼ばれたその人物が、顔をあげる。大介はその姿に、わずかに目を丸くする。
――それは、銀髪の幼い子供だった。丸みを帯びた頬に、銀色の髪がかかっている。どんぐりのような目も銀色をしていて、なんだかゲームの世界にでもいそうな出で立ちだ。
小さな体は、大きすぎる白衣で覆われている。幼さも手伝って中性的な雰囲気をかもしだしており、性別はどちらかと尋ねられると大介に断言は出来なかった。
その子供は、自分の頭より高い椅子の背もたれに体重を預け、書類を膝に置いた。白衣の中には着込んだ五分丈のパンツから、白い足が伸びている。革椅子をくるりと回転させ、こちらに体を向ける。
「それが三原大介?」
彼女――もしくは彼は、齢十程の容姿に似合わぬ大人びた口調で言った。声も、聞いただけでは男女の判別がつきづらい、ハスキーなものだった。
「はい。この子が三原大介君です」
「スキャニングの経緯が少しおかしかった子だね」
「ええ。改めて管理局の一員になることが決まったので、ご挨拶をと思いまして」
桜は丁寧に言った。
「成る程ね」
相手は愛想の良い笑みを浮かべると、席を立つ。片方の手を白衣のポケットに突っ込み、右手を大介に差し出した。
「俺は、対亜人兵器管理局科学分析部部長、兼、対亜人兵器教育推進班班長の蛇だよ。よろしくね」
大介は無表情で目をぱちくりさせた。俺ということは男の子なのか、と首を傾げる以前に、今何を言われたのかまったく解らなかった。対亜人、までしか覚えていない。何やら偉い人間らしいということは、何となく掴めるのだけれど――。
ぽかんとしたまま、それでもとりあえず大介は相手の手を握りかえす。本当に、子供そのものの手だ。紅葉のようである。しかし蛇は、その容姿とは掛け離れた大人びた所作で、髪を耳に引っ掛けて、苦笑してみせた。
「……何が何だか解らないって顔だから、いちから説明するね。まず、対亜人兵器管理局科学分析部についてだ。
分析部は、対亜人兵器や亜人についての科学的な研究を進めている機関だよ。日本はこの研究に関して、やや遅れを取っている部分があるから、今後は一番力を入れたいところになるだろう。
で、俺はその機関のリーダーをやってるってわけ」
次に、と言いながら、蛇は大介から手を離した。先程まで座っていた椅子に、改めて腰を下ろす。
「対亜人兵器教育推進班についてだ。これは、小難しい言い方をしてるけど、いわば君達の学校と捉えてくれていいよ」
「学校」
「そう。推進班のメンバーは、亜人のスペシャリストだ。彼等は亜人についての研究をそれぞれ進め、理解を深めている。
そんな彼等が、君達対亜人兵器に教育をする。つまり、先生みたいなものだね」




