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そんな姉の表情が何故か嬉しくて、大介は無表情で満足していた。小鳥は黙ったまま、やり取りをする大介達を見ていたが、頃合いを見計らって「では」と口を挟む。
「そろそろ、用意をしよう」
「用意」
大介が首を傾げると、小鳥は頷いた。
「君のお姉さんには、亜人のことを忘れてもらう。記憶の改ざん措置だ」
大介は、無表情で口だけを人形のようにパカリと開けて仰天した。彼は、姉がそのような処置を施されることを知らなかったのだ。大介は懸命に言い募った。
「そんなことしなくていい。お姉ちゃんは誰かにべらべらお喋りするような人ではない」
「駄目だ、ルールとして決まっている。それに、事前に渡した承諾書にも、このことはきちんと明記しておいたはずだ」
「……そうなの」
確認の意味をこめて姉を見遣れば、彼女はほんのわずかに――それこそ大介が気付かないほどわずかに目を泳がせたが、すぐに首肯する。
「そうよ」
きっぱり断言した姉は、小鳥に向き直った。
「……ただ、確認させてください。忘れるのは、亜人のことだけですね? ……大介のことは、記憶から消えたりしませんね?」
「少なくとも、今までの改ざんではそういった症例は出ていない。……承諾書にも書いてあったと思うが、記憶の改ざんは、あくまで部分的な記憶の書き換えだ。幼い頃から生活を共にしてきた大介君の記憶が消えるとは、到底考えられないだろう。
これからの生活で、大介君が家にいないということに対する違和感は、たびたびあるかもしれない。だがその時は、貴女の脳が自分で事実を作り出す。無理矢理につじつまを合わせるようになるんだ。……もっとも、そうなるような情報の断片は、こちらが与えるものだが」
「そんなの怪しげ。やっぱりお姉ちゃんはやらなくていい。お姉ちゃんに変なことさせないで――」
「大介、やめなさい」
姉がピシャリと叱り付けた。姉を庇っているつもりの大介としては、何故姉まで怒るのかと憤慨する。姉は「ちゃんと自分で決めたことだから、いいのよ」と笑った。
「そもそも、人の心配をしてる場合じゃないでしょ? 大介はこれから、しっかり皆を守っていかなきゃいけないんだから」
大介は「ぐう」と唸り声をあげた。つい先程まで、あんなに優しく心配してくれていたはずの姉は、すっかり普段の厳しさを取り戻している。女だてらに大介をそだててきた、しっかり者の姉の姿だ。そんな彼女を、大介は勿論尊敬しているが、正直お小言には耳をふさぎたくなる時もあるのだった。
聞いてるの、と言われた大介が、「聞いてる、聞いてる」なんて投げやりに返事をすれば、掌をぴしゃりと叩かれる。「あいた」と声をあげる大介に、彼女は呆れたように笑った。
「本当に……ちゃんと頑張るのよ?」
「うん。頑張る」
大介が頷くと、姉は目を細めて大介の頭を撫でた。優しい手つきに、大介は満足感を抱く。暫し大介の頭に手をやっていた彼女は、やがて小さく息を吐いて立ち上がった。見守っていた小鳥に告げる。
「――行きましょう」
小鳥は頷いた。
「大介君。君のお姉さんは、このまま記憶の改ざんの措置に入り、一定期間療養した後、国が用意した住まいへ向かってもらう。……ただ、申し訳ないが、療養期間から住まいへ戻すまでの間は、お姉さんは医療担当者以外の者と面会が出来ない。
特に君は、亜人に関する出来事の多くを、お姉さんと共有している。無いとは思うが、君の存在が亜人の記憶を引き出さないとも限らないからな」




