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「ま、なるようになるだろ」
他人事丸出しの軽い言い方だが、大介としてもその通りに思えたので、彼は黙って頷いた。桃と桜は「頑張ってね」と素直に応援してくれる。
蠍だけは、極悪な顔に退屈そうな表情を浮かべながら、ポケットに手を突っ込んで、けだるそうに立っていた。この人は本当にヤクザみたいだなと思った大介がじっと蠍を見上げると、その気持ちが伝わったのか、ギロリと睨みかえされる。鯨が呆れたように、「相手は子供だぞ」と蠍をたしなめていた。
「皆、用意はいいか」
部屋の壁の高い位置に備えられたスピーカーから、小鳥の声がした。鯨がイヤフォンマイクに向かって、「大丈夫です」と返事する。
大介が顔をあげると、壁に嵌め込まれた窓の向こう――その別室で待機している、小鳥と姉の二人と目が合った。彼女達は、あそこから大介を見守っているらしい。なんだか実況席みたいだな、と思った。
「大介君も、大丈夫か?」
問われたので、大介は無表情で両腕をあげ、大きな丸を作る。小鳥が頷いた。
「では、今からスキャニングを行う。内容は事前に告知した通りだ。
大介君は、ただ気持ちを強くもつことを意識してくれ。……では、鯨」
「はい」
「薬を飲んでもらえ」
鯨が懐から、小さなビンをとりだした。大介の小指ほどの大きさしかない。中には、茶色い液体が八分目まで入っている。一見うがい薬のようだが、勿論違う。これを飲むと、亜人細胞が活性化され、亜人が呼び起こされるのだ。
先程別室で小鳥に渡された時に、「落としても大丈夫ですか」と大介が真顔で問えば、すぐに鯨があずかってくれた。ものすごく高価な薬らしい。これひとつで高級車が買えるのだと、桃が教えてくれた。
「あんまり美味しくねえだろうけど」
鯨が言うので、げんなりしながら受け取る。蓋をあけた。一気に飲むように言われていたので、鼻をつまんでビンに口をつける。喉の奥まで、一息に流し込んだ。
その瞬間、大介は今度こそウゲエと吐き出しそうになった。とにかく苦いのである。並の苦さではない。人類に許容出来る苦さを超越している。これは薬じゃない、と大介は苦悶の中で強く感じていた。これは泥だ。泥を凝縮したら、きっとこんな味になるのだ。化け物に意識をのまれるより前に、苦さで気絶しそうである。既に舌がしびれていた。
もう嫌になって、薬を吐き出してしまおうとするが、蠍の掌が容赦なく大介の口を押さえてくる。結局飲み込むしかなくなった大介は、無表情をわずかに歪ませながら、無理矢理嚥下した。
「そのまま一、二分すると、すぐに体に変化があるはずだ」
小鳥が言うので、大介は仕方なく待っていた。口の中に残った苦みが、大介を最低の気分にさせた。
しかし、小鳥の言う通り、数分経つと苦さどころではなくなってきた。心臓の拍動が少しずつ加速し、体が熱を帯びる。何百Mも全力疾走した直後のような感覚に、大介は既に息切れを起こしていた。桃と桜が背中を撫でてくれるが、礼を言う余裕すらなかった。
更に時間が経つと、今度は頭痛がしてきた。頭の内側から、何かが大介を食い破ろうとしているかのような、激しい痛みだった。ついに立っていられなくなって、大介はその場に膝をつく。
「……頭か?」
鬼が低く呟いたのが解った。誰かが「まずいな」と答えるのが聞こえる。何が、と問おうにも、激しい頭痛でそれどころではない。大介は両手で頭を抱えた。
拍動に合わせて激しい痛みが走る。いっそ気を失ってしまいたいと思う。唇を噛んでいても、勝手にうめき声が漏れた。痛くて、おかしくなりそうだった。誰かの励まし声らしきものが聞こえていたけれど、それもすぐに遠退く。
こんなの、耐えられるわけがない。死んでしまう。
大介の意識にもやがかかり、彼の体はそのまま床に倒れ伏す。




