スキャニング、開始
そんな大介を見ていた姉が、不安そうに眉尻を下げた。「やっぱり」と口を開く。
「……大介に、あんな痛い思いはさせたくないわ」
そこで大介は我に返った。姉は大介を心配している。大介が嫌がる姿を見せれば見せるほど、姉の不安は大きくなるだろう。
大介はもがくのをやめて、襟首を掴まれたまま姉を見る。
「お姉ちゃん、別に心配しなくていい。ちょろっと検査して、ちょろっと帰るだけ。俺も頑張るし。だからそのへんで休んでて」
大介が言ってもなお、彼女は不安そうだった。しかし小鳥は、壁にかけられた時計をちらと見やると、すぐに話を進める。
「もしも大介君が亜人になってしまった場合は、鯨、鬼、蠍、桜、桃の五人がそのまま亜人細胞の消滅に臨む。……鯨と鬼とは、すでに顔見知りだったな」
大介は頷いて、女性二人を見た。黒髪の清楚な女が「桜です」と微笑み、派手な女性は「桃です」と片手を挙げる。桜と桃とは、なんだか美味しそうな名前である。
もしかしたらこれも、本名ではなく呼び名なのかもしれない。少なくとも、蠍が確実にあだ名だろうということは解る。機会があれば聞いてみよう、と大介は思った。もっとも、この検査の結果次第では機会なんてなくなるだろうが。
「そうやって亜人細胞を消滅させたら、そのあとは君の体調の回復を待つ。そして、万全の状態になったことを確認したら、記憶改ざんの措置をとる。その場合、改ざんするのは亜人についての記憶のみだから、その点は安心してほしい」
ただ、と小鳥が大介を見た。
「私達は、大介君が痛みに耐え、亜人に打ち勝つことを期待している。……あまりプレッシャーをかけるべきではないのは解っているが、ぜひ、頑張ってほしい」
どうしても言わずにはいられない、というふうに、彼女はその言葉を絞り出した。大介としては、正直なところあまり実感が湧かなかったので、とりあえずという風に頷く。彼としては、自分がどうなってしまうのかよりも、心配そうな顔をしたままの姉の方が気がかりだったのだ。大介は姉の手を掴む。
「お姉ちゃん、俺、大丈夫だから」
すると、姉はそっと大介の手を握り返した。
「……大介」
「ん」
「私が貴方に厳しくしてきたり、たくさん勉強をさせたりしたのは……貴方が、自分の意思があまり強くない子だったからなの」
大介はまばたきをした。「そうかな」と言うと、姉は笑って「そうよ」と答えた。
「小さい頃からずっとそうだった。いじめっ子に玩具を取り上げられたって泣かないし、食べ物だって、好きなものだろうが嫌いなものだろうが、出されたら表情のひとつ変えずに食べる。
……泣きもしないし、笑いもしない。誰かに何かしろって言われたら、あっさり言うことを聞いてしまう。犬だけは、なんでか昔から好きだったけどね」
「だって犬は天使だから」
大介の言葉に、姉は「そうね」と微笑んだ。
「……でもね、大介」
「うん」
「私、そんな大介でもいつかは変わるって思ってた。学校に入って、色んな人と関われば……きっと変わるって。そうしたら、やりたいこともたくさん出てくる。そうなった時に後悔しないように、私はたくさん勉強してほしかったの。
……お父さんとお母さんが死んで、私があんまり勉強出来なかったから、尚更」
大介は、今まで知らなかった姉の本心を前に、目を丸くして驚いていた。こんな風に、自分の気持ちを語る姉の姿を見るのは、初めてだった。そういえば、と大介は思い返す。
姉との二人暮らしで――大介はろくに家事をしていないのに、部屋はいつも綺麗だった。洗濯物もたたまれていた。食事もおいしかった。たまの休みも、大介の勉強の面倒を見てくれていた。授業の進捗も、よくよく聞いてきた。
けれども、姉が自分のことを語ったのは、大介の記憶には数えるほどしかなかった。
「……唯一の家族だから……甘やかしちゃうかもしれないって思って、だからこそ厳しくしなきゃって考えて……そのせいで、やりすぎたこともあったかもしれない。でも……大切なのは、本当だから。
……大介」
「ん」
「……頑張ってね。負けないでね。家に帰ったら、好きなものたくさん作るから」
姉の腕が、そっと大介の体にまわった。小刻みに震えが伝わった。お姉ちゃんはきっと怖いんだ、と大介はすぐに気付いた。
幼い頃に両親を事故でなくして以来、高校生だった姉はすぐに部活をやめ、大介の面倒をみるのに必死だった。大介と姉は互いに、たった一人の肉親だった。両親が亡くなったことすら理解出来ない年齢だった大介を、彼女は懸命に育ててくれた。
――確かに、たくさんの迷惑はかけただろう。しかしそれと同時に、大介は彼女の生きがいでもあったのだ。
大介は姉を抱きしめかえす。
「頑張る」
きっぱりと言うと、姉は小さく笑って、「テスト受ける前みたいね」と答えた。学校のテスト期間は、毎朝姉に「頑張って」と言われるのだ。そして大介はいつも、「頑張る」と答えるのだった。
少し肩の力を抜いた姉は、大介を解放した。わずかに赤くなった目で、大介の背をぽんと叩く。
「……行っておいで」
大介が頷くと同時に、黙って見守っていた小鳥が寄ってきた。
「行こう」
一言言って踵を返した彼女の背を、大介は追った。
*
一通り検査を受けた大介は今、体に検査機器をつけたまま、広々とした部屋の中央にいた。大介の通っていた高校の体育館の、三倍近い広さだった。
また、そんな大介のまわりには、鯨と鬼、蠍、桃と桜が取り囲むように立っている。一応、自分が亜人とやらに呑まれた時のためにスタンバイしてくれていることは解っているのだけれど、どうにも威圧感が拭えない。今から何をするかは理解しているのに、大介としては、「俺は今からもう一度カツアゲされるんだったっけ」という気持ちにならざるをえなかった。
そんな大介の心境を察したらしい鯨が、柔らかく笑う。
「緊張しなくていいぜ。リラックスして臨むのが一番なんだからな」
つっても、難しいかもしれないけれど――なんて彼は頬をかいた。鬼が肩を竦める。




