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やがて姉は、ソファに力無く座り込んだ。「馬鹿馬鹿しぎるわ」と疲れきった声で言う。
「中学生が書いた、趣味の悪い物語みたい……」
「そうだったらどんなにいいだろうな」
小鳥は自嘲気味に、白い喉を上下させて笑い声をたてた。
「……しかし、現実なんだ。自分が実際に亜人になったことや、それを処理する体制が既に整っている程度に国が事態を把握していること――にもかかわらず化け物についての報道がなされなかったことを考えれば、正しいということが解るだろう。
……もっとも、私だって記憶改ざんの能力なんて、この目で見るまで疑わしいものだと思っていたというのが本音だが」
小鳥は苦笑いもせず、ただ無表情で言った。
「……つまり、貴女達が知らなかっただけで、亜人細胞の発症は、去年から増加傾向にある。しかし、それに対して我が国が持つ対亜人兵器はたったの五人だ。
今のところ運良く抑えんでいるが、いずれ甚大な被害をもたらしてもおかしくない。都心で誰かが発症でもすれば、日本は五分と経たずに壊滅的な被害を受ける。
だから、もしも大介君が発症の抑制に成功したら、絶対に対亜人兵器になってもらわなければならない。我が国の存続にかかわる事態だ」
大介は、自分の名前が出てきても何も反応出来なかった。あまりにも話が別次元すぎて、頭の処理が追いつかないのだった。無表情でぼけっとするしかない彼は、ただ話が進むのを待っていた。
「……どうしても、この子がいかなきゃならないの? ……他の国から人員を借りられないの?」
「米国の対亜人兵器の数は七、中国が十だ。世界中をあわせても、現在確認出来る範囲では二十人もいない。……どの国も、自分のことで精一杯だ」
姉は黙り込んだ。鉛のように重い沈黙が、その場を満たしている。そんな中で、先に口を開いたのはやはり小鳥だった。
「……まあ、これだけ話をしたところで、大介君が対亜人兵器になりえない可能性も十分にある。その時は、二人に記憶改ざんの措置をして終わりだ。元の生活に戻ってもらうことになるだろう」
そこで彼女は、強い眼差しを大介達に向けた。
「今回私が貴女達に事情を話したことは、道徳に則ったものであることを理解してもらいたい。
本来なら、今すぐに貴女から大介君の記憶を奪って、何も解らなくしてから承諾させることも出来るんだ。それをしないのは、対亜人兵器となりうる人間である大介君が、なるべく穏やかに過ごせるようにするためだ。
……事情を話したこちらの誠意を、どうか解ってほしい」
そして彼女は、机の上の紙束から一枚をとって姉の方へと押しやった。
「……承諾書だ。これにサインしてもらいたい。大介君の亜人細胞を発症させることと、細胞の抑制にうまくいった場合に、大介君が管理局のメンバーになることが要点となっている」
「……そもそも、うまくいったら管理局に入るのは強制なんでしょ?」
姉の言葉に、小鳥は黙ったまま答えなかった。姉は唇を噛んでいたが、やがて口を開く。
「……もう少し、時間をください」
小鳥は眉間を狭める。
「拒否権はないと言ったはずだが」
「……解ってます。……ただ」
心の準備をしたいだけ、と姉は声を震わせた。ならば、と小鳥は頷く。
「では、十七時にはスキャニング――大介君の亜人細胞の発症を始める。十六時から改めて詳しい説明をするから、必ずその時に持ってくるように。時間前には、担当の人間が迎えに行く」




