対亜人管理局へようこそ
明らかに面白がっている様子の鬼に、局長は溜息をついて「もういい」と言った。
「ここまでご苦労だった。あとは控えて、休んでくれ」
「スキャニングはいつ始める?」
「十七時だ」
「了解」
鬼はひらひらと手を振ると、励ますように大介の背中をぽんと叩いて部屋を去った。目をぱちくりとさせる大介に、女性が黒い瞳を向けてくる。
「座ってくれ」
言われた大介は、とりあえず姉の隣に座った。そして姉に、「ここってどういうところなの」と問う。しかし姉は、「まだ解らない」とかぶりを振った。
「……大介が来たら話すって言ってたから、今から話してくれると思うけど」
「そうなの」
「ええ。でも、ここがどこかなんてどうでもいいから、帰りたいわね」
そう言った彼女の顔には、珍しく疲れがみてとれた。今でこそ間違いなく人間の姿だが、昨日彼女は化け物になりかけていたのだ。どういう事情かは解らないが、疲れていたっておかしくない。「大丈夫なの」と問えば、彼女は目を細めた。
「平気よ。それより、早く帰って勉強しなきゃね」
「え」
「塾をサボった分があるでしょう。追い付かないと」
正直なところ、すっかり忘れていた思い出を指摘されて、大介は「そういえばやらないと」と思った。姉は、もう塾をさぼったことについてどうこう言うつもりはないようだが、しかし許したわけでもないらしい。腕組みをして、少し怒った顔をしていた。大介と違って美人なので、迫力がある。大介は無表情で身をすくませた。
その時、女性が小さく咳払いをしてこちらに向き直った。大介達がそちらを見やると、彼女は口を開く。
「では、改めて話をする前に、自己紹介から入ろう。私は、対亜人兵器管理局局長の深山小鳥 だ」
「対亜人……何?」
姉が眉間の皺を深めた。姉と同い年程度の小鳥は、特に臆した様子も見せず「対亜人兵器管理局だ」と堂々と繰り返す。懐から出された名刺にも、確かにそう書いてあった。
亜人兵器だなんて、聞いたことはないがなんだか物々しいネーミングだ。それに対して、小鳥という名前はなんだか可愛らしい。本人に言えば、「関係ないだろう」とばっさり切り捨てられそうだが。
「対亜人兵器管理局とは、昨日の貴女のように、人間が亜人になってしまった場合に戦闘を担う機関のことだ。貴女達を助けた昨日の男も、搬送した医師や看護師も、全員管理局のメンバーにあたる」
へえ、と大介は感心した。超自然現象の名を借りて亜人が猛威を振るっている今、情報統制さえなければ、英雄扱いされていてもおかしくなさそうな機関だと思った。しかし現実的には、今まで生きてきた中で一度も耳にしたことがない名前である。
一方、隣に座る姉はさほど興味を見せなかった。彼女も既に、亜人の大まかな説明は耳にいれているらしい。「なるほど、解りました」なんて適当な返事をしている。こういうところは、大介と少し似ていた。
「それで、私達はいつ帰していただけるんですか? 昨日の精密検査で、何か問題でも見付かりましたか?」
「いや、二人とも至って健康だった。……これが詳しい結果だ」
小鳥は、机のかたわらにあったA4サイズの封筒を、大介達の前に押しやる。姉は封筒を一瞥して、すぐに顔をあげた。
「異常がないなら、もう帰っていいんですね」
すると小鳥は、即座に頭を左右に振った。
「いや」
「え?」
「貴女の精密検査に関しては、これで終わりだ。ただ、彼――大介君は違う。彼の精密検査は、次のテストに耐えることが出来るかを調べるためのものだ」
「まだ検査あるんですか」
大介が呻くように言う。文句の気持ちがこめられた声色だったが、小鳥は頷いて慰めもしない。姉が嘆息する。
「……なら、はやく検査を済ませて、帰らせてください」
「その前に、保護者の同意が必要だ。テストについて詳しく説明する」
小鳥は切り出した。
「まず、とても重要な前提がある。必ず理解しておいてほしい」
「なんですか?」
「大介君の体には、確実に亜人の細胞が宿っている。メンバーの言葉を借りて言うなら、”病原菌”だ。大介君は、いずれ亜人になるかもしれない病気の罹患者だ」
その言葉に、不意にナイフを突き付けられたような気がして、大介と姉は息を詰めた。




