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大介は唸り声をあげた。まだ腑に落ちないことは多いが――というより、話が漫画のようでついていけないというのが本音だが、それでももう少し聞いてみることにした。
「……じゃあ、あの化け物……ええと、亜人はどこからきたの」
「どこから?」
「俺は、お姉ちゃんとただ喋ってただけ。そしたらいきなり、あんなのが現れた。隠れてたとも思えない。あんな大きいの、そもそも家に入らないし。いきなり出てきたとしか考えられない」
「……そうだなあ」
鯨は言葉を選ぶように、自身のしっかりした首を撫でた。
「……ううん。俺もそういうメカニズムに詳しいわけじゃないから、出来るだけ解りやすく言うぞ。ちょっとびっくりするかもしれねえけど」
「もう十分びっくりしてる。大丈夫」
大介の言葉に、運転していた女性が笑った。鯨も喉を鳴らしてから、切り出す。
「実は、そもそも亜人は、大介のお姉さんの中にずっと隠れてたんだ」
「えっ」
大丈夫、と言った矢先に驚いた大介は、目をわずかに見開いた。
「何それ」
「なんていうか……お姉さんは、特殊な病気に罹患してたんだよ」
「病気」
「ああ。……その病気は、人間の感情のたかぶりで症状を発する。あんなことになる前に、お姉さんが動揺してただとか、そういうのはなかったか?」
「……あった。俺が塾をさぼったのがバレて、お姉ちゃんが泣いた」
鯨は困ったように眉尻を下げて、「トリガーはそれだろうな」と言った。
大介は俯く。姉の感情をたかぶらせたのは、間違いなく大介の行為だ。塾をさぼったから、こんなことになったのだ。――鯨の言う病気というものがどういうものなのか、具体的には掴みかねるけれども、発症の原因は間違いなく大介にあるはずだ。無表情のまま顔を青ざめさせて沈黙した大介に、鯨は「気にするなよ」と大介の背中を撫でる。
「……確かに、塾をさぼったのはよくなかった。でも、誰にだって、少しくらい休みたい時はある。今回は偶然こういう結果になったが……気を落とすな」
大介は少し黙り込んだが、やがて小さく頷いた。鯨はすぐに首肯を返すと、「次は」と自ら話題を変えた。
「そうだな……俺の腕についてでも話そうか。大介も見てたよな? 水みたいになってたの」
「……見た。あれは何」
「あれも、さっき言った病気の一種なんだ。俺の場合は、大介のお姉さんみたいに完全に亜人になる前に、それをせきとめてる」
「そんなこと出来るの」
「出来る人間と出来ない人間がいるんだ」
「じゃあ、鯨さんは出来る方の人ってこと」
「そうだな。それで、その状態を利用して、完全に亜人になっちまった人達を助けてるんだよ」
戦いがあるというのは、つまりそういうことだったのか――大介は、電車の中での鯨との会話を振り返る。宇宙人の襲来から地球を守る――概要は大きく異なるが、戦いで人を守っているのは事実だった。
色々な話を聞いた大介は、自分の頭が混雑しているのを感じた。こめかみを撫でると、鯨が「大丈夫か?」と心配そうに大介を見た。
「奇妙なことばっかりで、信じられないと思うけど……無理して理解する必要はないからな」
小さく首肯した大介は、少し迷ってから、「でも、鯨さんはいいの」と尋ねた。
「こんなに色々、俺に教えて」
それは、本当は鯨が情報規制について触れた時点で思っていたことだった。しかし大介は、それをその時問うてしまうと、鯨が「そういえばそうだな」なんて口を閉ざしてしまうかもしれないと考えて、黙っていたのである。
だが、鯨は大介の予想に反して、「大丈夫だよ」なんてさらりと笑った。
「むしろ、この後また、担当の人がもっと丁寧に話してくれると思うぜ」
「そうなの」
「ああ」
「いいの」
「いいんだ」
頷いた鯨に、大介は「そんなものか」と言うしかなかった。聞きなれた台詞に、鯨が笑う。
「まあ、解らないこともたくさんあるだろうが、今の俺に説明してやれるのはこのくらいっていうか……いや、しようと思ったら出来るんだけど、ますます解らなくなるだけだと思うからな。このあたりでやめておこうと思うんだが、いいか?」
「大丈夫」
完全に納得出来たわけではなかったが、一般市民でしかない自分に、多すぎるくらいの情報を教えてもらった気もしていた。これ以上、先程の件について聞くことも浮かばない。それならばもう構わない。姉も無事に生活出来るようだし、と大介は口を開く。
「……じゃあ、鯨さん」
「ん?」
「……マルチーズの可愛さについてだけど」
鯨が目を丸くした。大介がきょとんとすると、鯨は呆気にとられた様子で、「いや」と頭を振る。
「……今までも、大介君みたいに巻き込まれた人間に、事情を説明したりしたが……大抵は混乱して泣き出すか、真っ青になって黙り込むかだったからな。まだ中学生の君が、こんなに冷静だなんて、思いもしなかったんだよ」
「冷静ではない」
大介だって、色々と混乱しているのである。しかし、今大介の持っている知識ではどうしようもないことを、彼は解っていた。だからこそ大介は、自分の大好きな分野について喋ることで、自分を落ち着かせようとしたのだ。大介からすれば当然の行動だったのだが、しかし鯨にとってはそうではなかったらしい。苦笑いしている。
「そのわりには、ちっとも表情が変わってないぜ」
「それは元々」
大介は何故か、昔からうまく表情を変えることが出来ないのだった。嬉しい、悲しいなどの感情の起伏も、ないわけではないがそれほど豊かでもない。だから、クラスメイトにアイツは不気味だなどと陰口を叩かれることもままあった。もっとも、大介はそれすら気にしていないのだが。
しかし、と大介はそこで思う。確かに自分はそういうところを持っている。けれども、もしも鯨の目に、大介が冷静であるように映っているとして、それが大介に自覚がないだけで事実なのだとしたら、その理由は自分の性格ではないような気がした。
「……もし」
「ん?」
「もしも俺が本当に冷静に見えるんだったら、それは、正義の味方がいるから落ち着いてられるだけだと思う」
正義の味方――その言葉に、鯨がきょとんとした。
「正義の味方って……」
「鯨さん達。すぐ来てくれたし、お姉ちゃんも助けてくれた。怖い化け物も追い払ってくれた。鯨さんは正義の味方」




