初デート
「だって、ここ山奥だぞ。姉貴送った時だって、すげえ時間かかっただろ?」
「タクシーは……禁止でしたっけ」
対亜人管理局は、基本的にその存在自体が機密だ。そんな場所にタクシーを呼ぶわけにはいかないのだろう。
しかし、わざわざ気まぐれ一つで車を出させるのも申し訳ないな、と思う。ただでさえ亜人細胞を発症させられていないのに、自分ひとりの為に政府の人間に運転手をさせるとは。大介は唸り声をあげる。
「鬼さん達は、普段どうしてるんですか」
「お前以外の全員は、車も免許も持ってるんだよ。……ああ、そうだ」
そこで鬼はぽんと手を打った。
「政府の奴らが気まずいなら、俺らが送ってやるよ」
「え。……でも、普段からいっぱい時間裂いてもらってるのに」
「気にすんなよ、そんなもん。つか、俺は”お前の面倒見る”って名目で仕事サボれたりするから、マジで有り難いけどな」
鬼はへらりと笑い、その吊り上がっている目じりを少し下げた。有り難いなあ、と思う大介のそばで、蛙が「ていうか、”俺達”が送るってなんだよ」と訝った。
「他に誰かついてくんの?」
その問いが聞こえたわけではないだろうが、鬼は懐から携帯電話を取り出した。誰かに電話をかけ始める。
「……ああ、もしもし? 桜?」
どうやら電話の相手は桜らしい。鈴と大介は顔を見合わせる。そんな大介をよそに、鬼はさっさと話を進めていた。
「お前さ、今日晩飯奢るっつったら街出てくる気になる? ……いや、三原がな、気持ちを切り替える為に外に出たいんだと。でもアイツ移動手段ねえだろ。で、俺もちょうど暇だから遊びに出るつもりだったから、タイミングもいいし、一緒に連れて行こうと思ってさ。だが、男二人じゃちょっとつまんねえなってなったから、お前に電話したんだよ。
それに、俺一人で三原連れて歩いたら、キャバとか連れて行ったんじゃねえかって鯨あたりが疑ってくる気がするんだよ。だから証人になってもらおうっつうのもあって……え? いや、まあそりゃ三原が行きたいっていうなら連れて行くのもやぶさかでは――冗談だって、怒るなよ」
電話口から、桜の「何言ってるんですか、中学生の子供に!」という怒りの声が聞こえてくる。大介が鈴に、「キャバって何」と聞くと、黙って顔を逸らされた。大介は、勉強についての知識は豊富である反面、水商売という言葉を知らなかった少年でもある。
「とにかく、三原を外に出してやろうって話なんだよ。で、今空いてる? え? 俺? 俺は別に何も……えっ!?」
そこで鬼が素っ頓狂な声をあげた。驚いた大介と鈴が鬼を見る。鬼は目を真ん丸にして叫んだ。
「笑点のスペシャル!? 今日!?」
そこで鬼は、突然真面目な顔になって大介を見た。
「悪い、三原。急用が出来た」
「……笑点ですか」
「ああ。スペシャルだ」
鈴がふくれっ面になって、「そんなの録画したらいいじゃないですか、生放送じゃあるまいし」と文句を言う。馬鹿野郎、と鬼がすぐに反論する。
「視聴率に貢献しないでどうすんだよ!」
「大介君の亜人細胞発症に貢献してくださいよ!」
「確かに亜人細胞発症も大事だ。だがな、俺は笑点を見なきゃ死ぬ病にかかってるんだよ」
大真面目な顔で何を言っているんだと鈴と蛙が声を揃えて怒った。蛙など、触れないながらも懸命に鬼の頭にパンチを繰り出している。一方、鬼は全てを無視して大介を見つめた。
「そういうわけだ、三原。言い出しといて悪いが、俺は送れない」
「いや……まあ、笑点は面白いから」
大介はフォローした。鬼は大介の背をばしばし叩いて、「解ってるじゃねえか」と破顔した。気を遣わなくていいんだよ、と鈴が大介に言う。しかし大介としては、日頃時間を無為に使わせている以上、笑点を見たいという鬼の言葉を拒否は出来ない。第一、鬼はあくまで善意で送ってくれると言っていたのだ。義務ではない。
「ま、でも安心しろよ。俺は送れねえけど、桜が送ってくれるっつってるからな」
「あれ、そうなんですか」
「そうだよな?」
鬼が電話口に尋ねた。確認してから言えよ! と蛙が全力で突っ込む。鬼はへらへらと笑って、「いいってさー」とのんきな声をあげた。
「今から準備して行くから、玄関で待っててくれってよ。よかったな、三原。デートじゃん」
そう言われた大介は、口をぱかりと開いた。……言われてみれば、女性と二人でどこかに出掛けるなんて初めてである。「確かにデートだ……」と愕然とした声で呟くと、鬼が噴き出した。




