考えたくない未来
打ち上げられた魚みたいになりながら、大介はただでさえ抑揚のない声を更に無機質にしてぼやく。そんな大介を見ていた鯨は、おかしそうに笑っている。
「ま、最初は絶対無理だと思うよな。何せ手ごたえってものがないから。出来るようになっていってるのか、遠ざかってるのかも解らない。ふて腐れる気持ちも解るよ」
「……でも、鯨さんは三日で出来たんでしょ」
「まあ……でもあの時は、対亜人兵器が鬼先輩しかいなくて、マジでプレッシャーすごかったからなあ」
蛙が「へえ」と感心した声をあげた。
「じゃあ、最初はあのピンク頭だけが一人で対亜人兵器やってたってことか?」
それは大介も気にかかったので、彼は蛙の疑問を言葉変えして鯨に尋ねてみた。鯨は頷いた。
「そうだな。鬼先輩は、日本で最初に見つかった対亜人兵器なんだよ。そりゃあもう、大騒ぎだったらしいぜ。今でこそ普通に”優遇されてる”って程度に落ち着いてるが、当時はマジで神様みたいに崇められたって笑ってた」
「そりゃ、先輩が本気で対亜人戦を嫌がったら、いくらでも煙になって逃げられるからねえ。政府も多分、必死だったんだろうね」
桜がおかしそうに言う。
「じゃあ、鯨さんと桜さんが鬼さんを先輩って言ってるのは、最初の対亜人兵器だからってことですか」
「ああ。でも、桃も蠍も俺と同じで、先輩より後から来た対亜人兵器のわりに、先輩呼びはしないけど」
誰がするか、と蠍が毒づいた。桃は「別に学校じゃないんだからいいじゃん」と口を尖らせる。もしも自分が鬼の立場だったら、桜はともかく、蠍のような存在は本当に生意気としか言えないだろうなと思う。まあ、蠍の強面で「先輩!」などと寄ってきたら若干怖いものもあるが。
「本人も呼び方なんか気にしてないみたいだから、大介君もどっちでもいいと思うよ」
桜は笑ってくれたが、大介の中にはまたもやもやがこみあげてくる。大介はあげていた顔を下げ、額を思い切り床にぶつけた。
「でも、鬼さんは自分しか対亜人兵器がいない中で一人で頑張って発症させて……鯨さんも、鬼さんしかいなくてプレッシャーがすごい中で発症させた。気持ちで操る亜人細胞なのに、すごい。プレッシャーをはねのける精神力がある。俺にはない。ていうか、プレッシャーなんかかけられてないのに、全然発症してくれない。もう駄目だ」
うつぶせたまま、大介はぐちぐちと弱音を吐く。姉と一緒にいた時は確かに頑張らねばと思っていたはずなのに、今では酷い倦怠感ばかりでどうにも気持ちが追い付いてくれない。精神力も消費するのだ、と大介は思った。強い決意を持っていても、人間はそれをずっと維持出来ないのだ。
そんな大介の頭に、思い切り何かがぶつかった。痛みに呻いた大介が顔をあげると、蠍が大介の頭を踏みつけていた。靴の裏で遠慮なくぐりぐりとされて、大介は「やめてください」と声をあげる。鯨が慌てて「何してんだお前」と蠍を引きはがした。蠍は顔をゆがめて大介を見下ろす。
「テメエ、人をここまで駆り出しといて泣き言ってんじゃねえよ」
「それはそうですけど……」
「けど、じゃねえ。さっさとやって発症させろ。周りが甘いからって調子乗ってんじゃねえ」
「蠍、お前偉そうに言うけど自分も一か月かかってんだぞ」
「対亜人兵器だけ癒す力なんざ、普通にやってて気付くかよ」
「大介だってそういう系かもしれねえだろ」
蠍が舌打ちをした。苛々した様子で、大介の頭を爪先で突く。あいた、と言った大介の隣に転がってきた蛙が、「そういえばさ」と大介に言った。
「お前、あのこと聞いてみろよ」
あのことって何、と大介は蛙を見返した。
「ほら、もしこのまま亜人細胞が発症しなかったら、今後お前がどうなるのかってやつ」
このタイミングで聞くとますます蠍の怒りを買わないか? と大介は思った。しかし蛙は興味があるらしく、ほらほらと大介をせっついてくる。
仕方なく大介は口を開いた。
「鯨さん」
「ん?」
「もし俺がこのまま亜人細胞発症出来なかったら、これから亜人戦とかあった時、俺どうなるんですか。留守番ですか」
「テメエ、今から出来なかった時のこと考えてどうすんだ!」
案の定叱られた。蠍が本気で蹴ってこようとしたので、大介は慌てて転がり逃げる。桜がまあまあと蠍を宥めた。鯨は大介の問いに驚いたように目を見張ったが、すぐに「留守番はねえな」と答えてくれる。
「基本的に、亜人細胞を抑え込んだ奴は、亜人細胞を発症出来るかどうかに限らず、戦闘には連れて行くことになってる。どんな環境下でその能力が生きるかは、まったく解らないからだ。蠍なんか、連れて行かなきゃ絶対誰も気づかなかったようなパターンだしな。だから、たとえば明日亜人が発生したとしたら、もう一回お前のことは連れて行くことになる」
「成程」




