くじけ介
蛙はあっさりと言った。「一緒じゃない」と大介は言い返すが、蛙はしきりに首を傾げて「一緒だろ?」と不思議そうにしていた。大介の中では重要な部分が違うのだが、蛙には解らないらしい。まあ別に構わない、と思う。蛙に解らなくても支障はない。蛙の方も、大介の気持ちを詳しく知らなくったって、特に問題はないだろう。
実際蛙は、「まあいいか」とあっさり話を終わらせた。
「もう済んだことだしな。それより、さっさと戻ろうぜ。あのおっさん待ちくたびれてんじゃねえの?」
蛙は言いながら、けらけらと笑う。相変わらず彼はのんきというか、ひょうきんな性格をしている。しかし、心根は優しいのだろう。犬の姿になって、大介の頭に乗ってくれた。大介は蛙の頭上に手を伸ばして蛙の体をわしゃわしゃと撫でると、歩く速度をはやめた。
*
往路と同じだけの時間をかけて、大介は対亜人管理局に戻った。その頃にはもう正午をまわっていて、大介の腹の虫は空腹を訴えて喚いていた。大介はすぐに食堂に向かい、カレーライスを頼んで飢えを満たした。そしてその足で、昨日亜人細胞発症の練習をした施設へと移動する。
ついた先にはまだ誰もいなかった。集合の時刻までまだ二十分ほどあるからそれも普通のことだろう。大介とて、迷子になるかもしれないという不安がなければこんなに早くは来なかった。
やることがないので、大介は壁にもたれてぼんやりしていた。暫く待って、やっと鯨と桜、蠍が姿を現す。
「もう来てたのか。待たせた?」
短い茶髪をかきながら尋ねた鯨に、「ううん、さっき来たばっかり」と答える大介は、心の中で「やっぱりこのやり取りは桜さんとやりたかったな」と思った。当の桜は柔らかく笑って、「お姉さんを見送ってきたんだよね?」と言った。
「どうだった? お姉さん、元気そうだった?」
「うん。右肩は痛いって言ってたけど、健康は全然問題なさそうだった」
大介の言葉に鯨が「ごめんな」と眉尻を下げたので、慌てて「そういう意味じゃない」と答える。口端をゆがめた蠍が「本当は恨んでるんじゃねえのか」なんて話をややこしくしようとするから、もっと慌てて否定した。蠍は大介と同じ対亜人兵器なのに、どうしてこうも新入りいびりに余念がないのだろうか。恐らく単純に性格が悪いのだろうが、万一これで鯨と大介がこじれたら、チームワークが要である亜人戦で支障が出るかもしれないなどとは考えられないのだろうか。
俺より大人なのになあ、と大介は冷めた目で蠍を見る。視線に気づいた蠍が、「テメエ生意気な顔で見てんじゃねえぞ」などと脅しつけてきたが、怖くなかったので放っておいた。
「大介君はそんなこと思わないよ」
桜はたしなめるように蠍に言うと、すぐに大介に向き直って「とにかく、大丈夫みたいで良かった」と心から嬉しそうに笑ってくれた。
「ちゃんと挨拶もしてきた?」
「はい、してきました。新しい家も見てきました。すごく大きくて、お姉ちゃんちょっと困ってました」
「対亜人兵器の家族だからな。下手な家渡せねえんだろ」
鯨がおかしそうに笑う。そして、「さあ」と場を引き締めるように少しだけ声を大きくする。
「そろそろ始めようぜ。別に急かすわけじゃねえけど、いつどんな亜人が来るか解らねえからな。発症するのは、早いにこしたことがない。頑張れよ、大介」
「はい」
大介は言われて気合を入れた。亜人細胞を発症させるのに、高等なテクニックなど必要ない。重要なのは気持ち――メンタルの強さ。ただそれだけなのだ。大介は拳を固めた。
*
三時間後、白旗をあげた大介はその場にうつぶせになっていた。
「大介君、大丈夫だよ。まだ二日でしょ?」
そんな大介の丸い後頭部に、桜が一生懸命エールを送っている。しかし大介は、既に心が折れているので通じない。「もう無理!」と叫んで犬の雑誌をひたすら読みふけりたい気分だ。
「何が悪いのか全然解らない……」
打ち上げられた魚みたいになりながら、大介はただでさえ抑揚のない声を更に無機質にしてぼやく。そんな大介を見ていた鯨は、おかしそうに笑っている。




