不審な旦那さま
クラウディオが突然畑にや現れてから、二週間が経った。
シャロン達はすっかり元の平和な生活に戻り、のんびりした時間を満喫――していたのだが。
「ま、またいる……」
げっそりと呟くシャロンに、ベルシュは首を傾げる。
「かあさま、どうした? おおきいいしでもあったか?」
土を耕すシャロンは、鍬が石に当たって腕が痺れた時のような顔をしていたらしい。
慌てて笑顔を取り繕った。
「大丈夫よ。私は頑丈だから、石くらいどうってことないわ」
「でも、いたかったら、しんぱいだ。ひとぞくは、せんさいなんだろ?」
「そうね、繊細だけど……この程度の困難、必ず打ち破ってみせるわ! 私は負けない!」
「いしあいてに、おおげさじゃないか……?」
改めて気合いを入れ直すシャロンに、ベルシュは呆れている。
失礼な態度だが、こちらの突飛な言動にもすっかり慣れたらしい。シャロンという人間を分かってきたようで嬉しい限り。
ふう、危なかった。
シャロンは額の冷や汗を拭う。
その際、腕の隙間から、こっそり屋敷の方へと視線を送った。
屋敷の陰には人影があった。こちらをじっと覗いている――クラウディオだ。
シャロンはさっと目を逸らす。
あれから、なぜかクラウディオはこちらを観察するようになっていた。しかも、ほぼ毎日。
ベルシュはまだ気付いていないようだが、あそこまで存在感をかもし出していれば、それも時間の問題に思えた。
はじめにクラウディオを発見したきっかけは、ふさふさの尻尾だった。
屋敷の陰から丸見えになった尻尾に驚いたシャロンだったが、咄嗟に気付かないふりをした。
クラウディオの目的が分からなくて動揺したのだ。
監視のため?
財産を食い潰す悪妻とでも決めつけているのか、それともシャロンがベルシュをいじめていると疑っているのか。
ベルシュを放置していたくせに。
シャロンは想像に腹を立て、一日目は丸ごと無視した。
二日目、三日目、四日目も、ふさふさの尻尾など見えないふりをした。
けれど、そんなことも二週間と続けばさすがに分かる。
監視じゃない。監視なら、あんなに熱い眼差をしない。
銀色の毛並みが顕著に反応するのは、シャロンとベルシュが畑仕事の合間に笑い合っている時。休憩でおやつを食べている時。見たことのない虫が出たと騒いでいる時。
屋敷の陰からはみ出した尻尾が、そわそわと揺れるのだ。
たぶん、楽しそうだと思っている。
いいな、とも。
もっと言えば――仲間に入れてほしいなとも。
シャロンはこれまでの経緯を振り返り、再び苦悩した。
――えぇ〜? これ、どうするのが正解なの? 私の方が自発的に動かなきゃ駄目なの……?
たとえば、遊びに混ぜてほしそうにしている子がいれば、『一緒に遊ぼう』と誘えばいいだけだ。
だが、それは何のわだかまりもない子どもが相手だからできること。
クラウディオには思うところがたくさんある。
正直、仲よくしていきたいなんてこれっぽっちも思わない。
屋敷で自由に暮らすための資金さえ、出し惜しみしなければ結構だ。わざわざ『愛する気はない』と宣言したのは、互いに不干渉でいこうという意思表示だったのではないか。
けれど、無視をし続けるたびシャロンの良心が痛む。
――私の対応って非道すぎ……? でもあの男はベルシュを放置してた冷血漢だし同情の余地なしだし……うぅん、だからって銀行扱いはさすがに可哀想かも……?
もう畑仕事をしていても、気になってしょうがない。
いっそ偉そうに命令してくれればいいのに、ただしばらく眺めているだけだから質が悪い。引っ込み思案の少年でもあるまいし。
――まぁ、『俺と仲よくしろ』なんて命令されたら、全面戦争になる自信しかないけど。
悩みすぎて疲れたシャロンは、乾いた笑みをこぼす。
それでも、ベルシュにまた心配されてしまう前にと、慌てて笑顔を作った。
「よし、休憩にしましょうか!」
「え、でも、さっきやすんだよ?」
「サマープディングを作ったのを忘れてたのよ! 今回は王道のベリーにしたの!」
サマープディングとは、食パンを敷き詰めたボウルに果物と砂糖を煮詰めたものを入れ、冷やし固めた夏の定番スイーツだ。
不思議そうに首を傾げていたベルシュも、すぐに目を輝かせる。
「サマープディング! かあさまがつくるおかし、ぜんぶおいしい! すきだ!」
「ふふ、ありがとう。メイサ、悪いけど厨房から持ってきてくれる?」
シャロンは壁際に控えるメイサを振り返る。
その際、屋敷の陰に隠れるクラウディオともばっちり目が合ってしまった。
銀色のふさふさ尻尾が忙しなく揺れている。おそらくサマープディングに反応しているのだろう。
声をかけるとしたら、これが好機かもしれない。
けれどそんな思考を遮るように、メイサが視界に割り込んできた。
「かしこまりました、奥様。私が取ってきて差し上げますので、少々お待ちください」
「あら。普段なら文句の一つも言うところなのに……」
殊勝な態度のメイサなど違和感しかないと口を開いたシャロンだったが、激しめの目配せを受けて諸々察する。
おそらく彼女も、クラウディオの存在に気付いているのだろう。
普段のぞんざいな態度を知られるのは、確かにメイサにとってまずいことだ。
「あ、じゃあ、よろしく頼むわね」
「はい。それでは失礼いたします」
きびきびと屋敷の方へ歩いていくメイサを見送る。
何となく、彼女もクラウディオを呼び寄せてほしくないのではないかと思った。日差し対策で麦わら帽子をかぶっているから気まずいのだろう。
「――待っている間に、アイスティーの準備をしようか」
シャロンはベルシュを振り返って笑った。
今日はもう、クラウディオに声をかけようとは思わない。
時機を逸してしまったし、何よりやはりまだシャロンは、彼を許せていない。
可愛いベルシュは三年も放置されていたのだ。
どうして二週間で許せようか。
――初対面での失礼な態度も謝ってもらってないし! やっぱり、ちゃんと非を認めてからでしょ!
シャロンは気持ちを切り替えて、ベルシュとの休憩を楽しむことにした。
「アイスティー、自分で淹れてみる?」
「いいのか?」
「ポットが熱いから、火傷しないようにね」
わいわいと喋り、しばらくしてから。
ふと振り返った時には、クラウディオの姿がなくなっていた。
やっぱりほんの少しだけ、胸がちくりと痛んだ。




