腹の探り合い?
突然のクラウディオ登場に、シャロンの頭の中は大混乱だ。
先ほどまで彼への罵詈雑言ばかり浮かんでいた。口には出していなかっただろうか。シャロンとベルシュの会話に、まずい内容はなかったか。
――そうだ。私の保身より、ベルシュのことを……。
泥がついた作業服に、麦わら帽子。たとえ許可を取っていたとしても、今のベルシュの格好は上流階級が顔をしかめるものだろう。
シャロンは立ち上がると、素早く自分達の服装を整えた。ずれた麦わら帽子を直し、トラウザーズやスカートの裾に着いた汚れを払う。まだ畑に来たばかりだから普段よりは身綺麗だ。
そうしてシャロンはまるで何ごともなかったかのように、スカートの裾を摘んで優雅に辞儀をした。
「ごきげんよう、旦那さま。このような場所でお目にかかれるとは、私などには思いも寄らぬ僥倖にございます」
クラウディオはシャロンを見つめながら、僅かに目をすがめた。
「格式張った挨拶はいい。……本当に、畑を作っているんだな」
そちらが許可をくれたのだから、今さら文句を言おうものなら全面抗争も辞さない……という本音を綺麗さっぱり覆い隠して、シャロンは控えめに微笑んだ。
「おかげで、こうしてベルシュと楽しく過ごせております。ご許可をくださった寛大な旦那さまには、心から感謝を申し上げます」
しゃららん、という効果音が聞こえてきそうなシャロンの立ち振る舞いに、ベルシュが目をまん丸にしている。ぴこぴこと落ち着きなく動いている耳が可愛いけれど、今は愛でるのを我慢しなければ。
心なし声色も涼やかにして、シャロンはさらに続けた。
「こちらの野菜は、一ヶ月ほどで収穫できる予定です。もし旦那さまのお口に合うものができましたら、お召し上がりいただくことは可能でしょうか?」
謙虚にしながらも、ほのかに期待をにじませてみる。少しは健気に見えるだろうか。
シャロンとしては拒否されても一向に構わないのだが、真に健気なベルシュのためだ。彼の願いを叶えるには、今が絶好の機会だと判断した。
クラウディオが畑の側を通りかかるかといえば、偶然でもあり得ない。この辺りには何もないからこそ、畑にすることができたのだ。
ではなぜここに現れたのかといえば――野菜だ。
おそらくクラウディオは、許可した野菜畑が気になったのだろう。少なからず興味があるのだとしたら、交渉の余地はある。
シャロンは一気に畳みかけた。
「いかがでしょうか? 採れたての新鮮な野菜は、とても瑞々しく張りがあります。小松菜は生食できますが、新鮮であるほどおいしく召し上がっていただけます。ある意味では、貴族の食卓にも滅多に上がらない稀少な食べものかもしれません」
笑顔ですらすらとそれっぽいことを並べ立てる。
前回と同じ戦術だが、クラウディオは見事に落ちた。
「わ、分かった。そこまで言うなら、食べてみよう」
彼はたじろぎながら頷いた。
よし、言質はとれた。
シャロンは胸元で手を合わせ、完璧な笑みを輝かせた。
「まぁ、なんと慈悲深いことでしょう。旦那さまの鷹揚さに、深く感謝いたします」
「あぁ、俺はもう行くから、作業に戻っていい」
クラウディオはちらりとベルシュに視線を送ったが、そのまま声をかけることなく去っていく。
シャロンは愕然とした。
信じられない。
声をかけてもらえるのではないかと期待に頬を赤する愛くるしいベルシュを、よく見ないふりができる。人の心がないのか。
――畑以外には何も話さなかったから、本当に畑を見に来ただけだったの……? それにしたって、旦那さま自ら足を運ぶというのも不自然だけど……。
クラウディオの行動は引っかかるけれど、まずはベルシュに向き直る。
声をかけてもらえずしょんぼりしている彼の、気を逸らさなければ。
「ごめんね、ベル。私がいつもと全然違うから、驚かせちゃったわね」
きっと動揺しただろうに、クラウディオへの対応を優先してしまった。ベルシュの願いを叶えるためでもあったが、そんなのは言いわけにならない。
処世術は、大人の汚い部分。
大人の都合に振り回されてきたベルシュに、放置されていた時の嫌な記憶を思い出させたかもしれない。
自分のせいで傷付けてしまったかと思うと、母親として情けなかった。
「本当にごめんなさい。怖かったわよね……」
「そんなことない!」
シャロンの謝罪を掻き消すように、ベルシュは首を振った。
「いつものシャロンとちがったけど、とってもかっこよかった! いつものシャロンも、かっこいいシャロンも、どっちもすきだ!」
大きな瞳はきらきらと輝き、頬も上気している。
はち切れんばかりに揺れている尻尾といい、ベルシュの本心のようだ。
シャロンは安心して微笑んだ。
「ありがとう。……今度からは、ベルも旦那さまの前で格好つけてみようか」
ついでに予防線を張っておく。
正式なマナーの授業は受ける前に、平民に染まりすぎては困る。何より、畑に来た動機が分からない以上、クラウディオの前では取り繕っておいた方がいい。
「格好つけるごっこ遊びよ。どう?」
「おもしろそう! やってみる!」
「じゃあ、野菜に水を撒いたら練習しますよ!」
「おう!」
ベルシュが気合の籠もった顔でこぶしを握るのがおかしくて、シャロンは声を上げて笑う。すると、ベルシュもつられて笑い出した。
二人の明るい笑い声が、初夏の空に吸い込まれていった。




