幼馴染み登場
シャロンは目を丸くしてトールに詰め寄った。
「ちょっと、何であんたがここにいるのよ!? 仕事は!? それにうちの弟妹達は!?」
地元を離れる時、弟妹達のことを頼んでおいたのに。四人もいる上に元気すぎるから、シャロンでも手に負えなかったほどなのに、放置とは。というか、本気で引き継いだはずの仕事はどうした。
「遊び歩いてるなんて信じらんない! 適当で女好きなあんただけど、仕事だけは投げ出さないって思ってたのに!」
「だから俺は適当だけど女好きじゃねぇよ! つーか、今も一応仕事中だっての! お前の親父さんの命令でここに来たんだからな!」
「――え? 父さん?」
追及が止まったところで、クラウディオが一歩進み出た。
トールとの間に割って入った背中が、シャロンの視界を遮る。
「シャロン。この者は?」
そこではたと気付く。
焦るあまり周りが見えなくなっていたから、支店に挨拶に伺ったことすら忘れていた。
「失礼しました。クラウディオ様、話の続きは中でしますので……」
「俺は今すぐ知りたい。彼が何者で、シャロンにとってどういう存在なのか」
クラウディオの雰囲気がやけに冷たくなっている。
何か大いなる誤解をされている予感がして、シャロンは慌ててまくし立てた。
「この男はトールといって、ヘッセン商会の従業員です。一応幼馴染みでもあるので、私が嫁いだあとの家のことを、色々頼んでおいたんです。念のため言っておきますけど、決して疚しい関係ではありませんからね」
「そうか……幼馴染み……幼少の頃からシャロンをずっと見てきたということか……」
クラウディオの口調には、隠しきれない羨望と悔しさがにじんでいた。
――誤解はされてないけど、どういう独占欲!?
シャロンと出会って間もないのに、子どもの頃までさかのぼって嫉妬するとか怖すぎる。獣人族がこうなのか、クラウディオだからこうなのか。
黙って成り行きを見守っていたトールも、これには呆れたようだ。
「いや、本当にただの幼馴染みですよ? 父親の奇行に振り回されるシャロンの、巻き添えを食らってただけの仲です」
「私だって父さんが何を考えているのか未だに分からないけど、そんなにはっきりと奇行なんて言うのは失礼じゃない?」
「いやいや。娘を突然訳アリ物件な男とくっつけようとするなんて、奇行以外の何ものでもないだろ」
「それも本人の前だから。失礼だから。それにこの縁談だって、将来を見据えた上での奇行かもしれないでしょ。十手も百手も先を見据えてる人だから、はじめの一手がちょっと奇行に見えるってだけよ」
「そう信じて見守ってたら、本当にただの奇行だったってこともあっただろうが。というかお前の方がたくさん奇行って言ってるからな」
「あんたがそう表現するから仕方なく合わせたってだけで……」
「――実に、息が合っているな……」
言い争うシャロン達に、クラウディオが重々しいため息をついた。
目の前で喧嘩を繰り広げているというのに、どうしてそういう結論になる。
呆れるシャロンの横で、トールがわざとらしく肩をすくめた。
「おいおい。クラウディオ様って、いつもこんな調子なのか? 落ち込んでばかりで、夫としてはずいぶん頼りないじゃないか」
幼馴染みの言動にぎょっとする。
シャロンに話しかけている体で、明らかにクラウディオを挑発しているではないか。
「ちょっ、ちょっとトール?」
「何か一緒にいてもたいへんそうだな。辛いなら、いつでも俺が迎えに行ってやるぞ」
「――聞き捨てならないな」
クラウディオが、地を這うような声音を発した。
ものすごくあっさり挑発に乗っている。
――ちょっと、何がしたいのよ!?
トールがクラウディオを煽っても得はないのに、一体どうしてしまったのか。意図が分からない以上、口を挟みづらい。
戸惑うシャロンを置き去りに、男達は謎の火花を散らしはじめた。
「夫として贈りものをしたら、シャロンは喜んで受け取ってくれたぞ。夫からの贈りものを」
「あー。どうせそれ、『上流階級の最新の流行が分かるー!』って喜んだだけですよ」
夫という部分を強調するクラウディオに対して、トールはシャロンの本心を見事言い当ててみせた。
クラウディオは衝撃を受けたあと、すがるような視線をこちらに送る。
シャロンはさっと目を逸らした。
彼はそれでも、果敢に幼馴染みへと立ち向かった。
「か、観劇にも誘った。ウェインスター領の領都には、華やかな劇場があるから……」
「あーそれ、建設にヘッセン商会も一枚噛んでるんで知ってます。あと普通に断られたでしょ? シャロンは劇とか興味ないからなぁ」
「ぐぅっ……」
これも幼馴染みの予想が的中した。
シャロンの特徴から習性まで、ことごとく把握されている。
トールは余裕の笑みを浮かべた。
「まぁ、物心つく前からの付き合いですし。たぶん、クラウディオ様よりもシャロンを喜ばせることができると思いますよ」
そう言うと、彼はシャロンを振り向いた。
営業用の笑みが非常に胡散臭い。これは絶対何か企んでいると、シャロンも目一杯警戒する。
「支店長から聞いたけど、畑を作ったんだって?」
「あ、うん。自分達で消費するだけじゃなく、いずれはこの街全体の消費を支えられるようになりたいっていうのが、今の目標」
「一応貴族夫人になったのに、方向性間違ってないか? まぁ、シャロンらしいけどな。いいもん見せてやるから、ちょっと待ってろ」
トールが眉尻を下げて、目を細めた。
いつも彼から向けられている、家族の近しさが宿る笑み。
方針の違いなどで衝突もするけれど、昔から公私の区別なく信頼している。
弟妹達のおしめ替えも夜泣きも反抗期も、トールの母親が実家に帰ってしまった時も、何だって一緒に対処してきた。本人に面と向かっては言えないけれど、シャロンにとっても家族同然なのだ。
そんなトールの企みならば、悪いようにはならないだろう。少なくとも、彼は誰かを意図的に傷付けたりしない。
シャロンは成り行きを静観することにした。
一度店内に引き返したトールが持ってきたのは、つるりと光を弾く大ぶりのピーマンだった。新鮮そうだが、なぜか真っ赤に染まっている。
「これ、ピーマン……よね?」
「あぁ。どぎつい色だけど、食べてみろよ」
生のピーマンを勧められ、シャロンは眉を寄せた。苦いに決まっているのに。
信じた矢先に疑いたくなったけれど、シャロンは覚悟を決めてピーマンを丸かじりした。
「! 甘い!」
本来なら苦みが強いはずなのに、瑞々しくて甘い。一般的に食べられているピーマンとは違って、ほとんど果物に近かった。
「え、何でこんなにおいしいの?」
「俺も公爵領にしばらく滞在して気付いたんだ。他領のピーマンとは比べものにならないよな。お前も屋敷で畑を作ってるらしいけど、ピーマンは育ててなかっただろ?」
「うん。肉食獣人は、苦い野菜が嫌いらしいから」
せっかく収穫した野菜が食べられなければもったいないし、無駄にしたくはない。
そう考えてあえて育てなかった。だから、こんなにも甘いピーマンがあるなんて気付かなかった。
「面白いよな。ちょっと調べてみたんだが、そもそもピーマンって完熟したものは甘くなるんだと。ただ、赤くなるまで待つと株に負担がかかるし、収穫数も減るらしい。傷みやすくなるから輸送にも向かない。だから一般的に食べられるピーマンは、熟す前の緑色のものなんだ」
トールの説明を聞いたシャロンは、カッと目を見開いた。
「つまりこれは、世間に知られてない……?」
「そうなんだよ。しかも、ウェインスター領の中でも赤いピーマンを食べてるのは、ハノーバの街だけなんだよ。おそらく他の街から遠いせいで、いつ頃からかこの赤いピーマンが普通になっちまったんだな。しかも全部ここで消費されるから、外部には知られないまま」
「でも、外からこの街に来る人だっていたでしょう? 誰も気付かないなんてこと、あり得るの?」
この街を出た者だって皆無ではないはずだから、ピーマンの違いは把握していただろう。
「それが、色が違うせいで意外にも気付かれなかったんだよ。ハノーバの街の人達は、全く別の野菜だと思ってたらしい」
まぁ、見た目が違えば別の野菜と間違えることもあるかもしれない。……いや。やはりハノーバの街の人達がのんびりしすぎている気がする。
「それが本当なら……こんなの、またとない商機じゃない!」
シャロンの脳内で算段が進んでいく。
こういったことは、真っ先に手を付けた者が勝つのだ。
赤いピーマンを、ウェインスター領の特産品として大々的に広告する。その後、どこでも同じ完熟ピーマンが育つことが判明しても、発祥の地をうたう商品の優位性は計り知れない。
販売方法は難しいかもしれないが、いくらでもやりようはある。輸送に不向きなら、消費者に食べに来てもらえばいいし。
しかもこれほど甘いなら、一般家庭でも親しまれるに違いない。
ピーマンを食べない子どもに嘆くご家庭の救世主になる可能性は十分あった。
「豊かな自然、それに金や鉱石が採れる鉱山がいくつもある公爵領だからこそ、こういった知られざる名産品があるのね……すごい、すごいわ! トール、よくこんな逸材を見つけたわね!」
感動がこらえきれず、シャロンは幼馴染みの背中をばしばしと叩いた。
「あんたのその、商機を見逃さない観察眼だけは本当に尊敬するわ!」
「『だけは』って強調するなよ」
思いきりはしゃぐシャロンの背後では、クラウディオが悔しそうに唇を噛んでいる。
「俺の贈りものには、こんなに喜ばない……」
「クラウディオ様、こいつ相手にただ貢ぐだけじゃ駄目なんですよ」
トールにとどめを刺されたクラウディオが、がっくりと項垂れた。
そこに、突如鋭い声が飛んでくる。
「――ちちうえを、いじめるな!」
警戒心を剥き出しにしてクラウディオを庇ったのは、ベルシュだった。
シャロンは一瞬で、大事なピーマンのことすら頭から吹き飛んだ。
――か、可愛いぃぃ!! 一生懸命クラウディオ様を守ってるぅぅ!! 普段は私を挟んでいがみ合ってるけど、本当はお父さんのことが大好きなのよね!! なんていい子!! なんて可愛い子!!
弱っている父を心配して、友人達と遊ぶのを早めに切り上げたのだろうか。息子が優しい。可愛いのに格好いい。
ベルシュを微笑ましく見守っていたシャロンの隣で、トールがぽかんと口を開ける。
「…………………………ちちうえ?」
たっぷりの沈黙のあと、幼馴染みが平坦な声を落とした。
その呟きで、シャロンはようやく我に返る。
しまった。すっかり忘れていたけれど、トールはベルシュの存在を知らないのだった。
王家のご落胤であり、秘された子ども。
そんな、公にできない事情を抱える連れ子がいることを、幼馴染みには一切打ち明けていない。シャロンの一存で話せることじゃなかったからだ。
――どどどどうしよう……!!
これはどう考えてもまずい状況。
シャロンは立ちすくんだまま、一気に青ざめた。




