親子でお出かけ
「それってもしかして……銀狼族も当てはまる?」
「当てはまらなかったら、わざわざ説明なんてしません」
「で、でも、家族を大切にするっていうけど、はじめの内はベルのことを蔑ろにしてたわ」
「今ベルシュ様を持ち出しますか。――そこは推測になりますが、おそらく当初、ベルシュ様を家族と認めていなかったからでは」
メイサも、この時ばかりは神妙な面持ちになった。
主人の意向に沿った対応とはいえ、彼女自身も思うところはあったのだろう。罪悪感も。
ベルシュとクラウディオが和解した今となっても、それらを一切見せないメイサに、むしろ好感を覚えた。
彼らの行いは、なかったことにならない。
親子として関係を再構築しなければならないクラウディオとは立場が違う。
仕事でベルシュに接する使用人達に、謝る機会は与えられない。誠心誠意仕えることだけが、今後せめてもの償いとなるだろう。
シャロンもまた彼女の意を汲んで、根掘り葉掘り聞き返すことはしなかった。
「旦那さまは、ベルシュ様が生まれたばかりの頃を知りません。身内だと思えるようになるまで時間がかかるのも、あり得ないことではないかと」
「うーん……」
言葉をぼかしているが、血の繋がりがないから、という意味合いのことを言いたいのだろう。
それも理屈としては納得できる。
だが、感情が否定する。
本来のクラウディオは情に厚い人だと思う。突然押し付けられたシャロンという妻を、何だかんだ受け入れたくらいだ。
血が繋がっていないという理由で、幼子を放置するとは思えない。
――やっぱり、きな臭いのよね……。
難しい顔で考え込んでいると、正面にぬっと影が差した。メイサだ。
「というか奥様、話を逸らそうとしてません? 今は銀狼族の伴侶に選ばれた方が、愛人を勧めることの危険性について話しているんですが……?」
しまった。忘れていた。
そんな思いも顔に出ていたらしく、メイサの額に特大の青筋ができた。
「本当に伴侶と定められているのかはさておき、もしそのようなことをすればどちらが危険だと思います? どれほど怒り狂っても、この世にただ一人の愛する伴侶に憎しみをぶつけることなどできませんよね? そうなると必然的に、紹介された私の方が命の危機に陥るわけで――……」
「あっ、あっ、じゃあ、いただいたものを、あなたに横流しするのはどう? ほら、貴族って不要になったものを使用人に払い下げるらしいし……あぁでも、さすがにクラウディオ様に申し訳ないか……」
「というか私だって、奥様からの施しなど受けるつもりはありませんからね!」
「そそそうよね、ごめんなさい!」
地位と金目のものにしか興味がなさそうだからいい案だと思ったのに、速攻で却下されてしまった。
彼女はまだ言い足りなさそうにしていたが、あまり時間をとればクラウディオ達が戻ってきてしまう。
メイサはぷりぷり怒りながら歩き出した。シャロンもその後ろにすごすご従う。
――伴侶……一生添い遂げる、かぁ……。
彼女が先に行ってくれてよかった。
じわじわと熱くなる頬に、気付かれないで済む。
出会ったばかりの頃は敵対心すら抱いていたのに、最近のクラウディオの態度のせいで調子が狂っているとしか思えない。
誠実で優しくて、畑仕事にも楽しそうに取り組んでくれる。領地の管理をこなす傍らでも、シャロンとベルシュに積極的に関わろうとする。
表情に乏しいと思っていたけれど、最近はよく笑うようになった。紺青色の瞳を柔らかく細めながら見つめられると、やけに緊張してしまう。
――いやだって、やっぱり顔がいいし!
商売上多くの人と交流するため容姿の優れた者だって見慣れているが、彼は群を抜いているのだ。
――しかも顔がいいだけじゃなく、有能! ここ本当に高得点! その上好きで仕方ないって態度で来られちゃ、そりゃもう絆されるわよ…!
クラウディオとの関係について深掘りすれば煩悩まみれになりそうなので、今はとにかく考えないようにすることで必死に回避していた。
もしこれが商談の場なら、シャロンだって冷静に割り切れたと思う。
だがクラウディオは夫なのだ。
割り切る必要がない関係性だから、困る。
夫婦なら好きでもおかしくないから、気がゆるんでしまう。うっかり油断してときめきそうになる。
だから近頃のシャロンは、慣れない感情に振り回されていた。
――この結婚の裏の意図が分からない限り、深入りしたくないのに……。
結婚を推し進めたのは父だ。
父のことは信じているが、それはシャロンを不幸に突き落とすことはないだろうという、最低限の信頼。
――何を考えてるか分からないのよね。家族のことは愛してるんだろうけど、不幸にさえならなければ利用してもいいと思ってそうだし……。
状況を把握するまでは、感情移入しないに限る。分かっているのに。
ベルシュはもちろん、クラウディオにも……すっかり絆されている自覚はあった。
シャロンが着替えたのは、近場への外出を想定したドレスだ。
淡い若葉色のワンピースは涼しげで、フリルなどの装飾も控えめ。宝飾品も華美なものは身に着けていないので、裕福な平民として街に馴染みやすい印象だった。
「メイサのこういうところ、本当にセンスがよくて信頼できるわ」
「お洒落なんて度外視した麦わら帽子が標準装備の奥様に褒められても、全然嬉しくありませんから」
メイサはつんとした態度をとっているが、たくさん歩くことを想定してかかとの低い靴を選んでくれている。
どれほど敵視していても、仕事はきっちりとこなす。そういう彼女の人間性を好ましく思っていた。
エントランスには既にクラウディオ達がいて、はしゃいだベルシュに抱きつかれる。
「かあさま! おれ、まちにいくの、はじめてだ! たのしみ!」
「えぇ、楽しみね。クラウディオ様が治めている街に行くのは、私も初めてなの」
「はじめて! いっしょだな!」
嬉しそうなベルシュも、今日はよそ行きの格好をしている。
紺色の短いズボンに、同色のウエストコート。まだ昼間は暑さが残る時期なのでジャケットは羽織っていない。
簡単な格好なのに、金色の髪の毛に映えてとても上品に仕上がっている。上流階級の出身であることを、全く隠しきれていない。
――これは親子……には、見えないかも?
同じく街歩き用の格好をしているはずなのに。
その上、クラウディオの方もまた圧倒的だった。
濃灰色のジャケットとトラウザーズ、ウエストコートはベルシュと合わせた紺色だ。銀のラペルピンにも濃色のサファイアが輝いている。
こんなのもう、街の人々の視線を集めるに決まっている。
――領主としての訪問だから困らないか。クラウディオ様とベルは親子に見えるし問題なし。
シャロンはすぐに気持ちを切り替えた。ちょっと一人だけ庶民感満載だとか、仲間外れ感が否めないとか、そんなこと気にしていない。全く。
「それじゃあ、行きましょうか」
「待ってくれ、シャロン」
馬車を待たせているので外に向かおうとすると、急にクラウディオに引き留められた。
「……俺が贈ったドレス、着てくれたんだな。その、とても似合っている。君の可憐な雰囲気に清楚さを添えていて、眩しいくらい素敵だ」
彼は頬を赤くして、真摯に伝えようとしている。
だがシャロンはすん、と真顔になった。
着飾っていなくても眩しい人に、あまり褒められすぎても。自分の仕上がり具合は自分が一番よく分かっている。
「ありがとうございます」
「全然響いていないな」
「かあさま、かわいいよ!」
「ありがとう、ベル!」
「反応が違いすぎる!」
クラウディオの叫びをしり目に、シャロンはベルシュと手を繋いで歩き出した。




