重すぎる求愛行動
「――いえ。結構です」
シャロンはきっぱりと言い切る。
「普段着ならともかく、ドレスが何枚もあったって困ります。返品か、それが難しいなら他の女性に差し上げてください」
「ほ、他の女性……!?」
衝撃を受けたように胸を押さえるのは、もちろんクラウディオだ。
「夫からの贈りものを、他の女性に横流ししろとは……なんと心ないことを……!」
「そちらこそ、夫という肩書きをかさに着て、最近やりたい放題じゃありません?」
腹を割って話して、和解して。
家族としての絆が少し強くなったかも――とシャロンが思ったのも束の間。
なぜか、クラウディオから贈りもの攻撃を受ける日常が待っていた。
ドレスに花に宝飾品、王都で流行っているというお菓子。
利益に目がないシャロンなので、当初はありがたく受け取っていた。単純に、ドレスの生地の珍しさやレースのような銀細工など、一流の品々に心打たれた部分もある。
だが、何ごとにも限度というものがあるのだ。
「そもそも、あなたは公爵家を勘当されている上、領地から出られないんですよね? つまり社交の場などほぼ皆無。ドレスも宝飾品も、たくさんあったって無意味なんです」
「無意味ではない。君が着てくれれば、俺はそれだけで満足だ」
「あなたの満足のためだけに無駄遣いをしないでください」
本当に頭が痛い。金は湧いて出てくるものとでも思っているのだろうか。
毅然とした姿勢を崩さずにいたシャロンだが、クラウディオの寂しげな様子に胸が痛くなってくる。主に、頭の上でしょんぼりと垂れているふわふわ耳に。
この頃、こういう彼に弱いかもしれない。ベルシュの獣耳を愛でていた影響だろうか。
きちんと話し合ったあとから、クラウディオに気を許しはじめている自覚はある。
本来の彼は生真面目で、誠実な人柄だから。
最近のお決まりになってしまったように、ここでもシャロンが折れるしかなかった。
「……分かりました。今回だけですよ」
「受け取ってくれるのか!?」
「本当にこれ以降は受け取りませんからね! 絶対ですよ!」
「あぁ、もちろんだ!」
顔のいいクラウディオが笑うと、物理的に眩しい。
シャロンは少し目を細めながら、頭上の耳が忙しなく動くのを眺めた。
――か、可愛い……! 癒やされてしまう!
動物の微笑ましい姿を目にした気分になる。
そこに、異性に対するときめきは一切ない。ないったらないのだ。
満足げな様子のクラウディオに満足したシャロンは、受け取った箱を持ってメイサを振り返った。
「メイサ、いただいたものを部屋に置いて来てもらっていいかしら? 私はベルを迎えに行ってから畑に向かうわ」
最近のベルシュは、クラウディオが手配した家庭教師による教育で忙しい。礼儀作法も勉強も本人がやる気満々で、昼間に会う機会がぐっと減ったほど。
毎日根を詰めすぎても心配なので、今日は息抜きのため畑に連れ出すつもりだった。
歩き出そうとするシャロンを、クラウディオが引き留めた。
「シャロン。今日は畑ではなく、街に行ってみないか?」
「――え?」
あまりに唐突な提案に、反応できない。
すると、彼はさらに畳みかけた。
「実は、もう畑の世話はしておいたんだ。水もやったし雑草は抜いたし、具合の悪そうな葉はないか丁寧に確認してきた。玉ねぎとじゃがいもの土寄せも済んだ」
すらすらと報告されるのは、今日やるはずだった畑仕事。
クラウディオは要領がいいのか、農業でも有能さを発揮している。念のためあとで確認するが、おそらく文句のつけようもないほどきっちり作業をしていることだろう。
「えーと、念のため訊きますけど、害虫は?」
「葉を餌にする虫は全て排除した」
やはりできる男だ。
クラウディオは、そっとシャロンの手を取った。
「今日は、俺が治めている街を案内させてほしいんだ。定期的な巡回でもあるが、ベルシュにとっても初めての街歩きは楽しいと思うし、学びになると思うんだ。どうだろうか?」
決定事項として押しつけられたら反発したくもなるが、あくまで提案というかたち。しかもベルシュにまで配慮しているのが高得点だった。
畑の手入れも終わっているのなら、断るという選択肢がない。ずるいほど完璧だった。
「じゃあ、いいですよ。私も一度行っておきたかったですし」
クラウディオが、輝くような笑顔になった。
「本当か!」
「はい。ヘッセン商会の支店があるので、一度きちんと挨拶をしておきたかったんです」
シャロンの返答にガクッと肩を落としたクラウディオだが、すぐに顔を上げた。
「――いい。これでも進歩した方だ」
「何がです?」
「こちらの話だ。それじゃあ俺は、ベルシュに声をかけてこよう」
颯爽と歩いていく後ろ姿に、シャロンは首を傾げた。
彼の態度は不可解だったが、尻尾が嬉しそうに揺れているから思わず笑ってしまう。まるで、散歩を喜ぶ飼い犬のようだ。
シャロンは一度、自分の服装を見下ろした。
そういえば畑に行くための装備だった。
「街に行くなら着替えた方がいいか。メイサ、いったん部屋に戻りましょ……」
頼む言葉はそこで途切れた。
背後に立つメイサの形相が、恐ろしいことになっている。
この場にクラウディオがいたとしても気付かなかったかもしれない。
だがシャロンには分かる。使用人として完璧に表情を制御している彼女が、今どれほどお怒りになっているか。
メイサが控えめな笑みを浮かべながら、優雅に近寄ってくる。
そうして、信じがたいほどどすの利いた声を落とした。
「話が違うと思うんですけどぉぉぉぉぉ……?」
「ひっ」
上品な所作からの落差は、ほとんど暴力的だった。
「私を愛人に推薦してくれるっていう約束は一体どこに行っちゃったんですかねぇぇ……?」
「ま、待って待って待って」
ぐいぐいと迫ってくる彼女も怖いが、抱えている箱が当たって地味に痛い。
シャロンは距離を取ってからメイサと向き合った。
「も、もちろん今からだって、あなたをクラウディオ様に紹介するつもりはあるのよ」
「名前で呼び合う関係になったようでたいへん喜ばしいですねぇぇぇ……」
「ちょっ、メイサ、一度冷静になってから話を聞いてほし……」
シャロンの言いわけを阻むように、だん、と壁に腕が突き立てられた。その速度に髪がなびく。
「――奥様、開き直ってないですか……?」
メイサの目が据わっていた。
圧倒的な殺気が押し寄せてきて、頭の中に絶体絶命という言葉がよぎる。
「わ、私も、これでも色々考えて……だって、今のクラウディオ様に愛人を紹介するなんて、どう考えても得策ではないじゃない!?」
「当然でしょう!? そんなことされたら私の首が物理的に飛ぶわよ!!」
メイサの絶叫がエントランスにこだまする。
シャロンは一拍置いてから、冷静に首を傾げた。
「いや……さすがにそれは考えすぎじゃない?」
シャロンの疑問に、今度はメイサがたっぷりと間を置いてから口を開いた。
「奥様……獣人族の特性を、少しも知らないで嫁いできたんですか?」
「え、人族より身体能力に優れているんでしょう? あと、体のどこかしらに動物の特徴が反映されてるとか」
メイサの愛らしい控えめな角を見上げながら答えると、彼女はさらに目を据わらせた。
「本当に表面的なことだけなんですね……じゃあ、種族によっては縄張り意識が強かったり、過剰なまでに家族を大切にしたりっていうのは?」
「あぁ……」
古くは動物から進化した種族だと聞くし、それぞれの特性も残っているのだろう。
想像しつつ曖昧に頷いていると、目の前から特大のため息が落ちた。
獣人族についての知識が浅いことなど丸分かりのようで、メイサは頭が痛そうだ。
「家族っていうのは、もちろん伴侶も含まれます。一度伴侶と定めた者と、一生を添い遂げるんです」
「一生……」
彼女の言葉を繰り返したシャロンは、少しずつことの重大さを理解し――青ざめた。




