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名もなき編集者の異世界改稿録 ~目覚めたら推しの身体だったので、死なせるわけにはいきません~  作者: 宇良 やすまさ


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第9話

「さあ、正念場ね……!」

 

 真っ先に仕掛けてくるのは、金髪剃りこみ坊主。

 その体格にふさわしい斧を〝誓紋〟から呼び出し、振りかぶってくる。


「丸腰の相手に、それは少々手荒じゃないかしら?」

「どの口がぬかしとんじゃボケェ!」

「――そうね、ノロマさん」


 剃りこみ坊主は、確かに恐ろしい。

 タッパも筋肉もある。まさに壁が迫るかのよう。


 だが、鈍重だった。

 体重もそうだが、筋肉のつけすぎで腕と足の可動範囲が狭い。

 

 ゆえに。

 タイミングを計れば、その懐に踏み込むことなど造作もない。


「……!」

「頭、丸めておきなさい」


 とはいえ、そのパワーを正面からは受け止められない。

 まだリディアナは〝誓約〟をかわしていないのだ。いかに素の身体能力が抜きんでているからといって、パワー勝負だけはどうにもならない。


 だから、流す。

 斧を握った腕をつかんで抱え込み――一本背負い。

 剃りこみ坊主のパワーを利用して、その体を床にたたきつけた。


「ガッ……!」

 頭や首に衝撃はいかなかったことを確認し、次へ。

 残りの二人の方へ振り向く――二年の赤毛の男子生徒が、拳銃を向けていた。


「止まれ。アンタも、痛い思いはしたくないだろ」

「――震えてるわよ、センパイ。人に向けるのは初めて?」

「っるせえ……!」

「よく狙いなさい。動かないでいてあげるから」

「イカれてんのか……!」


 目線と、銃口と、引き金にかかる指。

 そのすべてを視界に収めて、リディアナは集中した。

 そうして、今に弾丸が放たれる――といったところで。


「やめ――グァッ!」

 赤毛の男子生徒と背高な女子生徒の背後。イリュネアが監禁されているであろう空き教室の扉が吹っ飛んだ。と同時に、別の男子生徒が転がり出る。

 

 何が起こったのかと二人が振り返る――その隙を、リディアナは逃さなかった。

 駆けて、詰め寄り。


「失礼」

 背高な女子生徒の方の足を払う。

 想定通り、女子生徒は男子生徒を巻き込んで倒れた。


「お話はのちほど。顔も特徴もすべて覚えたので、逃げても無駄よ」

 〝リディアナ〟の恐ろしいくらいに整った顔で、無表情に言ってやれば。二人とも、自分が一体何を相手していたのか、否が応でも思い出す。

 顔を青くして押し黙るあたり、やはり魔族としても〝ニューアーク家〟は嫌な存在らしい。


 その悪評に今回ばかりは感謝しながら、リディアナは状況を改めた。

 空き教室から転がり出てきた男子生徒は、すでに失神している。

 ちらりと視線をやり、顔つきや〝ネジレ角〟の特徴を覚えておく。それから、こっそりと教室内をのぞいた。


 イリュネアは、武器代わりに箒を構えて、二人の生徒と対峙していた。

 どうやら拘束はされなかったらしく、周囲がかなり荒れていた。パイプ机と椅子が散乱している。

 

「どーなってんのよ……。コイツ、おとなしいんじゃないのっ?」

「さあな……。けど、平民の癖に魔王候補ってのもこれで納得じゃん?」

「はっ。本性を隠してたってワケ……!」


 状況は、あまりよくなかった。

 魔王時代の身体能力があるとはいえ、今のイリュネアには〝誓紋〟がない。武器を呼び出すこともできなければ、能力強化も不可能。


 そのうえで、相手しているのは二人。

 一方はナックルダスターを身に着けた女子生徒。もう一人はウィザードロッドを構えている男子生徒。

 遠近両方で攻められては、さすがにイリュネアも苦戦を強いられる。


 ただ、それも一対二の状況のままだったなら。

 リディアナは相手二人の後ろを取り、イリュネアもそれに気づいている。 


「本性も何も……! こんな状況で何もしないほど、私は馬鹿じゃありません!」

 この状況においてなお、イリュネアは苛烈なところをひとかけらも見せなかった。

 そうするほかにない明確な理由があるのだろうが――今はそれにかまっている暇はない。


 リディアナが狙うべきは、魔法を使うだろう男子生徒。

 手ぶりで合図をして――素早く仕掛けた。


「少し、よろしいかしら?」

 声を使って二人の気を引きつつ、男子生徒の膝裏を蹴る。

 カクン、と姿勢が崩れる――ところを、後ろから羽交い絞め。ウィザーロッドも抑え込む。


 それと同時に、イリュネアが女子生徒へ詰めた。

 箒を剣に見立てて、その持ち手を鋭く振るう。

 見事、こめかみに直撃。


 戦況が一気に有利になった。

 あとは反撃を封じ込めれば、二人とも捕らえることができる。

 そう思っていたが――。


「〝フラッシュ〟!」

「〝バーニングフィスト〟!」

 どちらかのタイミングが遅ければ、まだマシだった。

 だが、二人の悪あがきが重なったことが、最悪を呼んだ。


 次の一手のために、イリュネアは距離を取っていた。

 女子生徒がそれを追いかけるようにしてスキルを発動――ナックルダスターを中心として、右手を真っ赤に燃やす。


 踏み込み、腕を振るい、炎を飛ばす。

 その瞬間に、まばゆい光が部屋中を満たした。


「……!」

 実際に何が起こったのかわからなかった。

 リディアナも目をつむって顔をそらすほかになかったのだ。


 爆音が響き、熱風が吹き荒れ――悲鳴が聞こえた。

 はっとして目を開ける。 

 どうやら〝バーニングフィスト〟が暴発したらしく、教室の壁がなくなっていた。

完全に吹きさらしになり――今に女子生徒が落ちるところだった。

 後ろ向きに倒れるようにして、身体が傾いていく。


「――」

 ここは五階。〝第八別塔〟は湖に面している。落ちれば崖下まで真っ逆さま。

 ――などと迷うことなく、リディアナは駆け出していた。

 

 最効率の動き方と最短ルートで距離を詰める。

 そうして、間一髪のところで女子生徒の腕をつかんだ。

 そこまではよかった――が。


「……ッ!」

「え……あッ!」


 女子生徒の身体を引っ張り上げるには、リディアナの力と体重では足りなかった。

 瞬時の判断で、外側へ身体を投げ出し、女子生徒と位置を入れ替える。

 それでもまだ足りないが、イリュネアがいる。

 彼女に任せて、リディアナは身を投げ出すようにして、落ちることにした。


 徐々に、徐々に、空き教室が遠ざかっていく。

 下から上へと流れていく景色、女子生徒が引っ張り込まれる様、空を泳ぐ鳥。

 

「ごめんね、ごめんね……リディちゃん……!」

 この状況でも、〝闇の魔本〟を使えばピンチにはならない。

 命がかかっているのだから、本来は迷うべきではないだろう。


 だが、〝魔本〟には代償が伴う。

 時に疫病となって降りかかり、時に災害となって姿を現し――世界に代償を求める。

 巡り巡って、〝魔本〟は世界を壊すことになるのだ。


 そんなことは、許容できない。

 推しで憧れの〝リディアナ・ニューアーク〟も、同じ決断をする。

 彼女の身体を死なせたくはなかった。願わくば、その悪評を払拭したかった。

 そのために転生したものと思っていたが……。


 〝私〟は、来る衝撃に備えて目をつむり、そして――。


「この――馬鹿野郎がッ!」



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