第8話
来たる、お茶会。
リディアナは第一食堂のど真ん中の席を陣取っていた。
放課後ということもあり、昼休みほどには人がいない。それでも、友達とアフターヌーンティーを楽しんでいたり、課題を一緒にこなしたりと、ある程度は席が埋まっている。
狙い通り、程よい人込み。怪しい人物がいれば目をつけやすいだろう。
だが――。
「……来ないわね」
肝心のイリュネアが、約束の時間を過ぎても現れなかった。
少し離れた座席についているエルザとコレットも、そわそわとしはじめている。想定外の事態に焦りを感じているようだった。
リディアナは平静を装いながらも、脳みそをフル回転させた。
イリュネアが約束を違えるとは考えにくい。
となれば、嫌がらせ犯がお茶会前にイリュネアに接触したのだろう。時間あるいは場所が変更したとでも偽れば、お茶会を台無しにすることは可能である。
すなわち、カルロとジョットに目をつけられる危険をいとわなかったのだ。
正直に言って、想像以上の執念だった。
よほど魔王候補に貢献したいのか。あるいは、平民出身ながらも魔王候補となったイリュネアに、恨みにも似た妬みを抱いているのか。
いずれにしろ、所詮は学生と侮るべきではなかった。若さゆえに猛り狂う情熱の炎は、良くも悪くも、周囲に多大な影響を与えるのだ。
「まったく、羨ましいこと……!」
とにかく、イリュネアの身に何かが起こったのは間違いない。
魔王時代の性格と実力を持っている彼女ならば、どんな窮地だろうと乗り越えて見せるだろうが――だからといって、のんきに時間をつぶすようなことはできなかった。
席を離れて、食堂の出入り口へ向かう。するとエルザとコレットもついてきた。
「ね、ねえ。どうするつもり? 絶対、嫌がらせ犯の仕業よ……!」
「エルザ。落ち着きなさい。こういう時こそ冷静に」
「わ、わかった……! じゃあ、私、第二食堂に行ってみる」
「ええ、お願い。コレット、あなたはあの二人を探して、話を聞いてみて。……間違っても暴力は無し」
コレットはあからさまにムスッとして、先に駆け出したエルザを追いかけるようにして早足に去っていく。
「嫌がらせ犯が、イリュネアに全く別の場所と時間を伝えたとしたら……」
こういう時、何らかの通信手段があればと願ってしまう。
しかしこの世界の文明レベルは、まだまだ低い。蒸気機関で成り立つ国や、〝魔紋〟を用いた〝魔科学〟で急伸する国はあるものの、まだ電気の文明ほどに万能なものではない。
そのため、こういった緊急事態における連絡方法はないに等しく……ただひたすらに足を使うか、頭を働かせて推測するほかにない。
「そうする理由は……私に恥をかかせるため。イリュネアにフラれた私が、彼女を激しく糾弾すると思っているとしたら……」
早足に廊下を歩きながら、ぶつぶつと言葉で整理をする。
「だったら、その状況を確実に作るには、イリュネアの不在が絶対条件。遅れてお茶会に到着するのですら、犯人としては嫌なはず。『食堂でポツンと待つ〝リディアナ〟』って構図を造りたい――なら、イリュネアをどこかに監禁しておくのが一番いい」
魔王時代の強さがあるならば、〝誓紋〟がなくとも学生レベルに後れを取るわけがない。
しかしなぜだかイリュネアは、その苛烈な性格すらも、女優も驚く演技力で隠し通している。学園時代の彼女の言動になるべく近づけている、と言い換えてもいいだろう。
となると、どこかで誘拐されたとして、強い抵抗はしないはず。
むろん、命の危機を感じたならばその限りではないだろうが……そういう事態になったら、学園全体を揺るがすほどの大事態。
嫌がらせ犯がイリュネアに声をかけるタイミングを推理する。
イリュネアにお茶会を誘ったのは、五時限目が終わった直後。嫌がらせ犯が情報を得たのもこの時。
嫌がらせ犯は、十中八九、グループで動いている。ということは、そのうちの誰かが聞いていたとしても、その場で判断はしない。最低でも、仲間の一人と情報を共有し、作戦を立てるはず。
となると、続く六時限目の授業中に仕掛けることは不可能。同じ理由で、路地限目の直後に仕掛けることもできない。
ただ、今日は初めての委員会があった。イリュネアはカルロとともに図書委員会に入っている。
イリュネアが委員会に参加している最中、嫌がらせグループが作戦を立てたとしたら。委員会の直後に仕掛けるほかにない。
図書委員の活動場所は、当然図書室。ここからほど近く、イリュネアを自然に誘導して、監禁できるような場所は――。
「〝第八別塔〟の五階に空き教室」
〝本塔〟で五階まで駆け上がり、息を整えてから、弧を描くような廊下を進む。
そうして〝第八別塔〟につながる渡り廊下に差し掛かったところで、リディアナは目を細めた。
「あの生徒……」
渡り廊下の先。〝第八別塔〟の出入り口あたり。
そこで、一人の男子生徒がウロウロとしていた。ただ暇をつぶしているようにみえるが、今は放課後であり、講義室が多い〝第八別塔〟に用がある生徒は少ないはず。
「ねえ。あなた、リナーシタさんを見かけなかったかしら」
そうやって堂々と声をかけると、男子生徒は目に見えて動揺した。
だが、こういった事態に事前に心構えはしていたらしい。躊躇することなく〝誓紋〟を発動し、棍棒を呼び出す。
「と、止まれ! ニューアーク!」
「あら。この学園にふさわしくないほど乱暴な方ね。レディを呼び捨てだなんて」
むろん、言われるままに足を止めることはない。
警告と威嚇。これだけで、イリュネアがいることは確定している。
無益な暴力は望むところではないが……。
「あなたこそ、お止めなさい。何をしているか、本当にわかっているの?」
「うるさい……! うるさい!」
男子生徒は、言って聞くような状況にはなかった。
まるで自分の方が被害者なのだといわんばかりに、追いつめられた表情で襲い掛かってくる。
それに対して、リディアナはあえて構えるようなことはしなかった。
胸を張って、ジッと男子生徒の目を見据える。
すると男子生徒はためらいを見せた。
動きが鈍くなり、おおざっぱになる。
それだけで、彼の背景が透けて見えるようだった。
リディアナは足運びだけで棍棒を回避。
すれ違いざまに、男子生徒の足を引っかけて転ばせた。
「くそ……!」
「申し訳ないけど、先を急いでいるの。だから、一つだけ――あなたは、あなたのことだけを考えなさい」
「……え?」
「私とリナーシタさんはね。とても強いの。これはあなたたちからの挑戦状として受け取るから、存分に力を振るいなさい」
本当は手を差し伸べて彼の苦境を聞いてあげたいが、それをぐっと我慢する。
自分の頭で、自分の意志で。苦境を切り開いていかねばならない。
助けてほしいと声を上げるのも、一つの手。
受け身の姿勢だけでは食い物にされる。それをよくよく知っているからこそ、リディアナはうなだれる魔族の学生を放置した。
「見張りもいるなんて……随分手が込んでるわね。本当に執念深い」
渡り廊下を渡り切ると、廊下が左右に伸びている。塔の外周をなぞるようにして、弧を描いているのだ。
空き教室へは右の廊下から向かうのが早いが……また別の見張りの生徒が、カーブする廊下の奥でチラチラと見える。一人だけではなく、三人ほどウロウロとしていた。
イリュネアを解放するには、見張りの魔族たちを打ち倒すほかない。
ただ、先ほどの男子生徒とは違い、命令に縛られている様子はなかった。とすると、三人の中に嫌がらせの首謀者がいるのか……。
どちらにせよ、すんなり通してくれるとは思えない。
イリュネアが中から仕掛けてくれればいいが、彼女が学園時代の姿を演じたいのならば望み薄。
それでも、最終的には自力で解決するだろう。ただし、そうなっては手遅れ。
となると――。
「失礼。リナーシタさんがそこの空き教室にいると聞いたのだけど」
先んじて手を打つ。
三人ともが驚き、一様にこちらを向く――その瞬間を待っていた。
身長約170センチ。中肉中背の男子生徒。赤毛で短髪。
二本の〝ネジレ角〟はグレーカラー。左右対称に側頭部に生えている。やや小さめ。
制服を着崩している。ブレザーのボタンは留めず、シャツインはなし。ネクタイは緩めで、二年生を示す二本のラインあり。
身長約180センチ。胸のあるスタイル良しな女子生徒。茶髪のミディアムボブ。
〝ネジレ角〟は一本。ブラックカラー。こめかみあたりに生えている。やや太め。
制服はきちんと着こなしているが、スカートが短め。右ひざに青あざあり。ネクタイを見る限り、三年生。
身長約180センチ。筋骨隆々の男子生徒。金髪三ミリ坊主。二筋の剃りこみあり。
〝ネジレ角〟一本。ブラウンカラー。額上部に生えている。やや短め。
ブレザーもネクタイもなし。シャツ出ししている。学年は不明なものの、眉無しのそのいかつい顔つきは特徴的ではある。
時間にして一秒。
三人分の情報を、頭に叩き込む。
「さあ、正念場ね……!」




