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名もなき編集者の異世界改稿録 ~目覚めたら推しの身体だったので、死なせるわけにはいきません~  作者: 宇良 やすまさ


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第6話

 リディアナが動くから台無しになるのだと、エルザは言った。

 悪評が広まっているのなら、考えなしに行動するのは愚の骨頂。最悪の状況にある中では、段階を踏んでいかねば泥沼にはまる。


 そこでまずは、エルザとコレットがイリュネアに接触。

 いかにクラスメイトの壁に阻まれていようとも、授業中や休憩中の一言二言であればコミュニケーションは取れる。

 一日や二日かけて、一緒に昼食をとる約束をして、そこにリディアナが偶然を装って同じ席につけば。あとは自然な流れで距離を縮められる。

 どういうわけか、イリュネアもまたリディアナを意識しているのだから、話すきっかけさえ作れればゴールも同然。

 簡単なことだと、三日前は思っていた。

 

「あいつら、ホンッッット……! ムカツク! ってかガチ気色悪いんだけど!」

 エルザが悪態をつく相手は、カルロとジョット。

 イリュネアと幼馴染の二人が、徹底的にガードしているのだ。

 とりわけ、ひと悶着を起こしたエルザはカルロに目をつけられており、イリュネアに話しかけるたびに代わりにカルロが応えていた。

 むろん、エルザと一緒に行動していたコレットも警戒対象となってしまい……「はい」や「いいえ」で済む軽い確認の会話ですら成り立つことはなかった。


 しかも、妙な噂が流れるというオマケ付き。

 生徒たちの間では、エルザとコレットはニューアーク家の手に堕ちたことになっている。おかげでクラスから浮き始めていた。

 二人とも〝ガルドブルク帝国〟侯爵家の出身であり、あからさまにのけ者にされるということはない。だが、魔王候補にして〝エリュシオン王国〟公爵家のカルロが絡むとなると、これからどうなるか……。


 いつものようにお昼休みを食堂で過ごしていないのも、このため。

 場所は〝第四別塔〟のすぐそばにある屋外ベンチ。

 第三グラウンドを見渡せる位置にありながらも、木陰もあって人目を避けられるという、絶好の休憩スポットである。

 ランチセットをテイクアウトで頼み、三人だけの食事を取っていた。


「ご、ごめんなさい、二人とも……。私が巻き込んだばかりに……」

 悪評が自分に向けられる分にはまだよかった。が、出会っても間もない友達のためにさっそく行動してくれる二人が悪く言われるのは、どうしても心が痛む。

「だから、いいわよ別に。噂で右往左往するような人と深い付き合いなんてできないし」

「エルザの言う通り。それに。噂とか影響ってものの流れが見えて、面白い」


 あっけらかんという二人に、リディアナは呆気に取られて……ふ、噴き出した。

 そもそも、今の状況で〝リディアナ・ニューアーク〟のそばにいるのが、どれだけ変わっているか。エルザもコレットも、クセの強い変人なのだ。


「エルザ、コレット。ありがとう」

「なんか……変なこと考えてなかった?」

「ん。とても失礼な波動を感じた」

 ジ、と見つめてくる二人に対して返す言葉はなく、リディアナは目をそらすしかなかった。


「けどまあ、収穫はあったわね」

 エルザが言うと、コレットがコクコクとうなずいた。

「ん。リナーシタさん……誰にも見られない角度で、すごい形相で王子たちを睨んでた」


 〝クソ馬鹿王子ども〟発言からもわかる通り、イリュネアもカルロたちを鬱陶しく思っているらしい。

 周りにいるクラスメイト達には悟られない位置に入っていると、必ずと言っていいほど鬼の形相となる。純朴で愛らしい少女が、地獄も焼き尽くす魔王の目つきを宿すのだ。


「あの調子で王子サマたちを蹴散らしてくれればいいのに……。何考えてるのか、サッパリ。ってか、ホントにあんなのと仲良くなりたいわけ?」

 まさにその急変する性格の謎に迫りたいわけだが、それを明かすわけにはいかない。転生者がらみの話をしたところで、頭がおかしいと思われるだけである。


「もちろん! 階段で突き落とされたところを助けてくれたもの」

「はっ? そんなことされてたの?」

「ほら、エルザがお礼を言ってくれた後。あのあと、リナーシタさんが来て……一緒に階段を下りてたら、どんっ、て」

「……彼女が突き落とした、って線は?」

「隣で話してた時だったから、それはないわね」

「――明らかに、狙われてるわね」

「……? 私が?」

「イリュネア・リナーシタの方よ」

 エルザがそういうと、コレットが納得したように頷いていた。


「もしも。リナーシタさんが助けられなかったら、リディアナを突き落としたのは彼女ってことになってた。はず」

「ハンカチだってそうね。あのクソ馬鹿王子はリディアナを犯人って決めつけてたけど……。イリュネア・リナーシタがハンカチを失くして困っていた、っていう前提があったなら、ギリ納得できる。ギリね」

「そう考えると。私とエルザの噂の広まり方も変に思える。私たちがリナーシタさんと仲良くしようとするのは、別にリディアナは関係ないのに……なぜかリディアナの悪評と結びつけられた」

「アタシたちの噂はイリュネア・リナーシタへの嫌がらせにはなんないけど……その布石や仕込みって考え方はできる。つまり、アタシたちが彼女と仲良くなれば、必然的にリディアナと繋がりができるわけで……」

「ニューアーク家の悪評を使えば、リナーシタさんの評判なんてすぐに落とすことができる。良くも悪くも魔王候補……噂はあっという間に広がる」


 二人の推理力に感心し、リディアナも頭を働かせた。

 今こそ、編集者時代の経験を生かす時である。自分自身も駒にして、頭の中のノートに登場人物を置き、これまでの事柄と絡み合わせていく。


「これって、大げさに言えば組織的な嫌がらせよね」

「そういう話になる、かも? そこまでは考えてなかった」

「リナーシタさんは魔王候補で、私はニューアーク家。どっちに嫌がらせをしても、リスクが大きい。なのに、その両方を標的に据えた……ってことは、それに見合う大きなメリットがあるはず」

「確かに……! ってことは……?」

「嫌がらせの標的は、私に見せかけて、リナーシタさん。彼女は魔王候補の中でも、唯一の平民出身だったはず。〝最強〟に至る資質を認められて、家名も与えられて、そのうえこの学園にも通い始めた――それをよく思わない派閥がいてもおかしくはない」


 嫌がらせの輪郭が、はっきりとしてきた。

 エルザとコレットは興奮したように顔を見合わせているが……リディアナとしては、ここからが悩みどころだった。


「問題は……。魔王候補本人が知らないところで派閥争いが起きてる可能性が高いってことよね……」

「……? どういうこと?」

「例えばカルロ・アルセリオ。彼が嫌がらせを主導しているとは考えにくいでしょう?」

「まあ……そうね。階段でのことはともかく、ハンカチに関してはクソ馬鹿王子自身が探してたもの。それに、アタシたちをイリュネア・リナーシタに近づけようとしなかった……嫌がらせするなら、逆のことするわよね」

「ただ、だからといって王子サマの派閥が主犯ではないとはならない。むしろ、王子サマに嫌疑がかからないことを好都合に思ってるかもしれない……」

「あ~……! じゃあ、あの騎士サマ……ジョットもほぼ白ではあるけど、ジョット派閥もそうとは限らない」


「あるいはもっと視野を広げると、この学園に通っていない魔王候補かもしれない。次期魔王を決める〝選定式〟には、同年代の七人の魔族が選ばれるって話だから……」

「そっか……。あと四人の魔王候補は、別の学校に通ってて……だけどその派閥の人がこの学園の在学生の可能性もあって……」

「そう。本人のあずかり知らぬところで動ける分、こっちのほうが可能性が高そう……なんだけど、何せ四人分の派閥があるんだもの。誰がどの派閥にいるのか……」

「めんど! ってか、なんでウチのクラスに魔王候補が三人固まってんのよ! トラブル起きるの想像つくでしょっ」


 エルザの文句はそのとおりであり、リディアナは苦笑するほかになかった。

 コレットも、言葉にこそ出さないが、フンフンと鼻息を荒くして同意している。そうして二人は、やりきれない思いを食事にぶつけた。


「さっきから思ってたけど。エルザ。ソレ、なに?」

 コレットがエルザのランチセットをのぞいて、眉を顰める。

「これ? シソ納豆。アズマ諸島の名物だって」

 エルザが注文したのは、納豆定食。ほかほかの白米に味噌汁、焼き鮭と、古き良き和のテイストである。

 テイクアウトとして持ち出すのはどうかというチョイスではあったが、専用の籠で提供されたこともあって、特にこぼれることはなかったらしい。

 

「……くさい」

「失礼よ! アズマの方々にっ」

「他人を巻き込まないで」

「そんなに気になる……? 噂に聞くよりもマシじゃない?」

「まあ。思ったほどじゃない」

「でしょ? 欲しくなった?」

「いや。全然」


 変わったものが好きなエルザに対して、コレットはストレートに人気メニューを頼んでいた。

 すなわち、ハンバーガー。

 商業を第一とする〝フォード連合共和国〟が、〝魔科学〟を駆使して生んだ禁断のカロリー爆弾である。

 コレットが選んだのはダブルチーズバーガー。

 だが、それだけではない。パティ三枚重ねのビッグ・バーガーに、秘伝のたれが光るテリヤキ・バーガー。名わき役としてLサイズのフライドポテト。もちろん、メロンソーダも欠かさない。

 小柄なコレットに似つかわしくない量に、リディアナは聞かずにはいられなかった。


「ね、ねえ、大丈夫なの? そんなに食べて」

「へーき、へーき。ちょっと少ないくらい。サイドメニューも頼めばよかった……」

「見かけによらず大食いなのね……」

「リディアナは? それだけでいいの?」

「もちろん。アズマ諸島の焼きそばよ。濃い味が欲しくなったから選んだんだけど……ハンバーガーもよかったわね」

「……あげないよ?」

「わかってるわよ」


 食い意地のはった猫のようなコレットに、リディアナは笑ってしまった。

 エルザは、どちらかというと焼きそばが気になるらしい。焼き鮭のかけらと交換し……すると、コレットがそっとフライドポテトを数本おいてくる。

 そうやって時折交換会をはさみつつと食事を進めて、一息ついたところでリディアナはこれからの方針を口にした。


「ともかく、嫌がらせ犯を捕まえないことには、リナーシタさんも私たちも共倒れ。早急に、手を打つ必要があるわ」

「それで、どうするわけ?」

「簡単な話よ。リナーシタさんが標的でありながらも、私たちに仕掛けてくる。逆に考えれば、私たち次第で嫌がらせ犯は動く」

「なるほど。具体的には?」

「そうね……。こういうのはどうかしら?」



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