第5話
「いきなりで平気……? 仲良くしてくれるかしら……?」
「アンタ、相当臆病になってるの気づいてる?」
「だって……! 友達二人目……」
「いっそ憐れね。ま、アタシが言えることでもないけど」
〝オースティン国際学園〟は、まるで王城のような造りとなっている。
クラス教室が集中する〝本塔〟が中央にそびえ、これを取り囲むようにして、実習室や講義室のある〝別塔〟が渡り廊下でつながっている。
この〝別塔〟は合計八つ立てられているのだが、北の〝第一別塔〟と南の〝第四別塔〟の二か所に食堂が用意されている。
国際色豊かな学園であるため、各国の文化的背景を無視できない。
例えば、〝砂漠の国〟パップス王国は豚肉を避ける傾向にあったり、逆に〝海の国〟アズマ諸島連合国では生魚を食す習慣が根付いていたり。各国ともに、独特の香りを持つ料理が好まれることも少なくないため、どうしても広さが必要となってくる。
そこで〝オースティン国際学園〟は、食堂を二つに分けて、十分な広さを確保し、どの国の生徒たちも安心して食事できる場を提供しているのだ。
リディアナとエルザが使っていたのは〝第四別塔〟の第二食堂。コレットは北の方の第一食堂で、別のクラスの友達と食事をとっているのだという。
〝本塔〟を経由して、外周をなぞるようにぐるりと半周して、ようやく第一食堂へ。
あとは渡り廊下を渡るだけ……というところで。
「あら……?」
リディアナは、廊下の隅に白いハンカチが落ちているのを見つけた。
無視するわけにもいかず、拾いに行く。
「何してるの、リディアナ。って……なにそれ」
「見ての通り、ハンカチ」
「ふん……? イニシャルは入ってなさそうね?」
「うん……。あ、でもこの隅の金色の刺繍……〝ネジレ角〟を模してない?」
「かも。エリュシオン王国の店ってことは、魔族の生徒のもの……?」
「そうとは限らないかも。街には色んな国からお店が来てるし、一つのお店でもたくさんのブランドを取り扱ってることもあるもの」
「じゃあ……。後で職員室に届けるしかないわね」
なんて事のない落とし物。
そう思っていた――カルロが声をかけてくるまでは。
「おい」
「あ?」
ずいぶんと乱暴な呼びかけに、その上からブン殴るかのような声音で返したのは、エルザ。赤毛のポニーテールを揺らして、カルロを睨みつける。
「……なんだ、君は。無礼じゃないか?」
「はっ、アンタに礼を語る脳みそがあったとはね」
「……」
カルロは何も言わなかったが、痛いところは突かれたらしい。顔をゆがめて、舌打ちをして、いらだちをぶつけるかのようにリディアナを睨む。
「珍しく一人なのね」
リディアナはエルザの手を引っ張って隣に引き寄せつつ、カルロに声をかけた。
昨日の一件は確かに腹が立ったが、もう過ぎたこと。そう示すためにもあえて何も触れなかったのだが、選んだ言葉が皮肉めいたものとなってしまった。
カルロは馬鹿にされたと感じたのか、敵対心をここぞとばかりにその目と声に込める。
「そのハンカチはどうした。君に似つかわしくないが?」
「ハンカチに合う合わないもないのでは……? これは先ほど拾ったもので……」
「嘘をつけ。――盗んだんだろう?」
「え?」
思ってもない言いがかりに呆気に取られていると、カルロがあっという間にハンカチを奪った。そうしてパッと広げて、刺繍を見せつけてくる。
「これは、イリュネアの〝ネジレ角〟を模したものだ。昔、俺が誕生日プレゼントとして贈ったから、よく覚えている」
「はあ……。リナーシタさんのものというのはわかりましたが……なぜ私が盗んだと?」
「今日、ずっと彼女を付け回してただろう。みんなから聞いたぞ……何かにつけて因縁を吹っかけようとしてたって」
「それは……」
とんでもない誤解ではあった。
だが、第三者視点となって思い返してみると、マズイ点も多くある。
イリュネアの後ろを一定距離でつけてみたり。イリュネアが入ってくるタイミングを見計らって、教室の出入り口をふさいでみたり。話しかけられることを期待して、あえてイリュネアの席のそばを通ってみたり。
どれもこれもクラスメイト達が壁のように阻むからこその苦肉の策だったが……評判の悪さに関係なく、気持ちの悪い行動なのは確かだった。
「因縁つけてるのはアンタのほうじゃない! 拾ったって言ってるでしょ!」
頭に血の上ったエルザが擁護してくれるが、状況は悪化していくばかり。
場所は第一食堂の出入り口で、時間としては皆が食事を終えるころ。生徒たちの通り道で口喧嘩をすれば、自然と注目を集めることになる。
「エルザ、もう行くわよ」
「だって、コイツ……コイツ! 腹立つ!」
「わかったから、ほら」
エルザの腕をつかみ、カルロをことさら無視して、その場から立ち去る。
廊下を進み、タイミングを見計らって、階段の裏へ回る。するとそこへ、後ろからつけていた生徒が声をかけてきた。
「エルザ。平気?」
感情が高まってぐずぐずと泣いているエルザに近寄るのは、小柄な女子生徒。黒髪ボブで、ところどころクセ毛で、いまいち感情をつかみづらい無表情な少女だった。
「あなたが、コレット・ベーアバッハさんね?」
「ん。またエルザが発狂したのが見えたから。来た」
「また……?」
「怒ると泣く。それがエルザ」
コレットはエルザをなだめるコツを熟知しているようだった。
ただただ、ひたすらに、しつこいくらいに、その背中を撫でる。するとエルザは袖でグイっと目元をぬぐって、いつもの調子でがなった。
「ちょっと、痛いでしょ!」
「戻った」
「フン……! アイツ、今度会ったらひっぱたいてやる……!」
「話。聞いてた」
ジ、と見つめてくるコレットに、リディアナはその意図をくみ取れず戸惑った。
「えっと……?」
「協力。する」
「え? あ、ありがとう……。でも、どうして?」
「エルザから聞いた通りだったから。心が綺麗すぎて逆に狂人……って」
「……」
なんて言いようだ、という視線をエルザにぶつける。
対するエルザは、先ほどまで泣きじゃくっていたにもかかわらず、胸を張ってふんぞり返っていた。
「狂ってるのは間違いないでしょ。どうせあのクソ王子も、何かあったら迷わず助けるんじゃないの? あの性格なら敵も多そうだし」
「彼に刺客が差し向けられたら、ってこと? それはもちろん助けるわよ。私を糾弾したことと、彼が窮地に陥ることは、まったく別の話だもの」
「……ね?」
リディアナが首をかしげていると、エルザはやれやれというふうにため息をつき、コレットが納得したようにコクリとうなずく。
「正直。なんで悪評が広まっているかわからない」
「ん~。見た目、というか外面? リディアナってばキツめの美人で、そのうえ気丈夫に見えるじゃない? 高慢ってわけじゃないけど……人から言われて意見を変えるようなタマには、絶対見えない。っていうか、実際そうだし」
「私も。キツい人だと思ってた」
「そこで損してる面はあると思うんだよね~。ねえ、アンタの友達、一人引っ張ってきてよ」
「……難しい。と思う。ニューアーク家の壁はデカイ。国を超えるほどの大商人で、色んな所に影響力がある。から……私やエルザはともかく、ほかの子は近寄ることでニューアーク家に目をつけられたくないっていうのも、大きいと思う」
「ああ……っ。めんど」
エルザの言う通り、ニューアーク家は面倒くさいのだと、リディアナ自身が良く知っている。
〝ニューアーク商会〟と聞けば、誰もが〝方舟〟をモチーフにしたシンボルを思い浮かべるほど、世界的にも有名な大商会である。
『世界を舟で繋いだ一族』として名を馳せたニューアーク家だが、あまりに権力を持ちすぎた結果、誰もが恐れおののく悪の組織へと変貌したのである。ライバル商会はあの手この手で徹底的につぶし、小さな国にはここぞとばかりに独占事業を展開する。
そのトップに立って悪逆の限りを尽くすのが、リディアナの父、フェルメルス・ニューアーク。娘を便利な道具としか思わない外道である。
「はあ……。あの方……お父様はいずれどうにかするとして。現状だと、新しい友達なんて夢のまた夢ってことね……」
「それこそ、イリュネア・リナーシタと親しくなれれば、いろいろ変わりそうだけどね」
「? どういうこと?」
「ほら、彼女、魔王候補でしょ? ってことはさ、今の魔王の保護下にあるわけで……さすがにニューアーク商会も手を出せないでしょ」
一騎当千の国家最高戦力。それが〝魔王〟である。
戦場に赴けば劣勢を覆し、敵地に乗り込めば一方的に蹂躙する。
たった一人で戦争を成立させてしまうのだ。長らく魔王により世界が支配された時代もあったほど。
そんな魔王に目をつけられれば、大きな影響力を持つといえど、ニューアーク商会もただでは済まない。商会を丸ごと乗っ取られる可能性すらある。
「リディアナの友達はイリュネア・リナーシタの友達ってことにすれば、現魔王が出張ってくる……かもしれない」
エルザの言うことももっともだったが、リディアナは気が引けた。
「それって、リナーシタさんを利用するってことでしょう……?」
「好都合じゃん、って話よ。アンタ、イリュネア・リナーシタと友達になりたいんでしょ?」
「ん……。まあ」
「じゃあ、決まり。今度はアタシたちに任せなさい。バチッと決めてくるから!」
エルザには何か策があるのか、不敵にニヤリと笑っていた。




