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名もなき編集者の異世界改稿録 ~目覚めたら推しの身体だったので、死なせるわけにはいきません~  作者: 宇良 やすまさ


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第4話

 明くる朝。午前七時半。

 揺蕩う髪の毛を整え、制服をちゃんと着て、ブックバンドで教科書とノートをひとまとめにして。それから食堂へ。

 当然のように一人で席に着き……そこへ、エルザが当たり前のように目の前に陣取る。

 朝食に選んだのはサンドウィッチとコーヒー。エルザも同じく朝食は軽く済ませたいらしく、違うのは紅茶を嗜んでいるくらい。


「昨日のアレ……。結局何だったの?」

「リナーシタさんでしょう? 私にもさっぱり……」

「周りを騙してる性悪女……てカンジじゃなかったけど。不気味ね」

「え? 格好良くない?」

「……頭おかしいの?」

「え」


 話題に挙がるのは、やはりイリュネアのこと。

 エルザも彼女の二面性を目の当たりにして、ひどく違和感を覚えたようだった。同時に驚いてもおり、イリュネアはその二面性を誰にでも見せているわけではないことも分かった。

 ただ、それ自体が悪いわけではない。

 誰しも、相手によって態度を変える。一人用の態度、友達用の態度、先生用の態度……皆、そうして態度を使い分けて、うまく立ち回っている。

 編集者時代には、それを仕事に落とし込みもした。


 リディアナの悪評もそう……悲しいことに、『彼女にならば悪口を言ってもいい』という風潮ができつつあり、皆がそれに乗っかり始めている。

 昨日の出来事はそれを浮き彫りにした形だろう。

 真に考えるべきは……。


「どうしたらリナーシタさんと仲良くできるかしら……?」

「ええ? やめときなって」

「だって。気になるもの。なら、本人に聞くしかないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「よし……! 善は急げっ」

「え、ちょっと!」


 昨日のあの出来事から、ずっと頭に引っかかっていることがある。

 イリュネアは、〝魔本〟の正体を知っている様子だった。

 しかしそれは、〝誓約のクロニクル〟において終盤まで明かされない真実。

 〝魔王〟の座につき、〝魔本〟を手に入れてからも、最期に至るその間際まで解き明かせなかった世界のカラクリの一つ。

 それを知っているということは、転生者……つまりは〝誓約のクロニクル〟を熟知した人間が、イリュネア・リナーシタに転生したということ。


 ただそうなると、一つ矛盾が生じる。

 苛烈な性格はともかくとして、身体能力が魔王時代のものなのだ。

 学園時代のイリュネアに転生したのであれば、その能力は当然学園時代のもの。階段から飛び降りて人を助けるなんていう芸当はできない。


 しかしながら、〝魔本〟の正体を知っている以上、単なる〝イリュネア・リナーシタ〟であるわけがなく……。

 そこで、そもそも〝魔本〟の正体に至る道がほかにあるのではないかと考察してみた。が、転生の影響によりリディアナ自身が忘れているという体たらく……ろくに筋道を立てて考えられなかった。


 純朴な性格と苛烈な性格。

 魔王時代の身体能力。

 〝魔本〟の正体。


 あっちが立てればこっちが立たず、というように、事実がぐるぐると回る。

 何か決定打となる事実がありそうなものだったが、一晩では思い至らず……。

 朝になって、考え込むのはバカバカしいというバカみたいな結論に至ったのである。


 しかし……。


「私は、私の悪評が憎い……!」

「だからやめときなって言ったのに」


 結果から言えば、昼休みになってもイリュネアとは話せなかった。

 それどころか、近づくことすらできない。

 さすがは主人公というべきか、イリュネアは入学三日目にして〝一年二組〟の中心にいるのだ。

 授業中も休憩時間も、常にだれかと楽しそうにおしゃべりしている。あの苛烈な性格を完璧に隠して、清楚でおしとやかなイリュネアで人気者になっていた。


 それでも何度か話しかけようと努力はした。

 だが、クラスメイト達が壁となる。不自然なくらいタイミングでイリュネアに話しかけたり、気づかないふりをして声を大きくしたり……。

 皆、〝ニューアーク〟を恐れながらも、イリュネアを守ろうとしている。そのうえでカルロとジョットが目を光らせているのだから、どうしようもなかった。


「ねえ、エルザ~……。どうすればいいと思う?」

「どうって……。地の底に落ちたみたいな悪評をどうにかする必要はあるわね」

「どうやって?」

「それは……。アタシにだってわからないわよ」

「う~ん……。じゃあ、エルザは何で私といるの? 友達は? いない?」

「いるわよっ。……一人」

「……! かわいそうに……っ」

「アンタが憐れむんじゃないわよ! ホントに友達って呼べるのが一人ってだけで、家を通した知り合いならそこら中にいるから!」

「……なら、私は?」

「……査定中」

「だからその友達は連れてこなかったのね。小柄で無口で小動物みたいな子……コレット・ベーアバッハさんだったかしら?」

「別に、そういうことじゃないけど。あのコ、もともと人見知りだし」

 

 今日の昼食は、東の国〝アズマ諸島連合国〟の『おにぎり定食』。

 国際色豊かな食堂では見慣れない料理がたくさんあり、例えば〝パップス王国〟の〝そら豆コロッケ〟とやらに惹かれたが……撃沈に撃沈を重ねた今日は、とにかく心を落ち着ける料理が良かった。

 しゃけ、うめ、おかか。シンプルだからこそ際立つ素材の味を堪能して、味噌汁で締めれば……。心のうちはどうあれ、ほっ、と一息つける。


「アタシもそっちにすればよかった……。おいしそう」

「エルザ、あなたね……。またそんな見た目から入って……。タコのオーブン焼き……ポルボ・ア・ラガレイロ?」

「そんな名前だった気がする。けど見てよ……! オリーブをかけたタコ一匹丸々、私の目の前で焼いて見せたのよ! 食べるしかないじゃないっ」

「はあ……。そのチャレンジ精神は認めるけど、ほどほどにしないと痛い目見るわよ?」

「わかってるわよ。……おにぎり、ちょうだい?」

「はいはい。残ってるのはタラコとツナマヨだけど、どっちがいい?」

「ん~……ツナマヨ! 半分だけでいいわよ。っていうか、五つって、よく食べられるわね?」

「普通よりも小さめサイズを選んだから。それなら、色んな種類を楽しめるでしょう?」

「あ~! 頭いいわね。アタシもそういう頼み方してみよ」


 エルザのナイフとフォークを借りて、ツナマヨおにぎりを切り分けて、彼女の取り皿へ移す。それからお礼として、タコの切り身を一つ貰う。

 二人で一緒に、交換したものをぱくりと食べる。そうしてやはり一緒になって舌鼓を打つ。


「で……。エルザはなんで私の査定をしようと思ったの?」

「いったでしょ。アンタの人となりをこの目で見ておきたいって。ホントにそれだけ」

「じゃあ……。どうしてそう思うようになったの?」

「そりゃあ……評判とは違ったからよ。悪口言われても助けるし、お礼を言ったら嬉しそうにするし。だったら、また話しかけるのもアリかもって」

「評判と……違う。――それだ!」

「え?」

「悪評を覆すには、それが単なる噂でしかないって証明するしかない。なら、エルザを助けたときみたいに、困ってる人たちの手助けをすれば……!」

「待って待って! 落ち着いて――座りなさいってば!」


「なんで?」

「今朝はその勢いで大失敗したんでしょ。それに……アンタが人助けするって、それヤバイ方に傾くだけだから」

「……なんで?」

「そりゃそうでしょ。評判の悪いアンタに助けられてみなさい。何か弱みでもつかまれるんじゃないかって、みんなビビるわよ」

「ええ? いくらなんでもそんな……」

「こういう時は最悪を考えて動くものなの!」

「なら……。どうするの?」

「それは……これから考える。とりあえず、アタシと行動しなさい」

「私は嬉しいけど……。エルザはそれで大丈夫なの?」

「アタシも悪評に巻き込まれるんじゃないかって? フン……あの胸糞悪い連中と一緒にされるくらいなら、アンタと地獄の底で踊った方がマシね」


 鼻を鳴らして言うエルザに、リディアナは呆気にとられた。

 どうやら彼女は、想像以上に潔癖症らしい。だからこそ最初はリディアナを避けるような態度を取り、だからこそカルロとの一件にも腹を立てている。

 エルザ・アイレンブルクは、しっかりと芯の通った女傑なのである。

 それを理解できて、リディアナは頬のゆるみを抑えられなかった。


「ふふ……。なら、地獄も思ったより悪くはないわね?」

「物の例えよ! ――ともかく。アンタがいつも一人じゃないってわかれば、周りも何かしら考え方が変わるでしょ」

「でも……。それこそ、エルザと一緒に悪しざまに言われない? ほら、いじめっ子とその取り巻き、みたいな感じで」

「有象無象の戯言なんか気にしなくていいの」

「お、お強い……」

「だけど、そうなったら立ち行かなくなるのは事実だから……。一人ずつ囲っていきたいわね。その方法が見つからないわけだけど」

「なら、やっぱり人助け作戦……」

「ダメ。とりあえず、コレットのとこに行きましょ。アタシの紹介ならあのコも警戒しないはずだから」

「査定は?」

「終わった。合格よ」

「やった」

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