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名もなき編集者の異世界改稿録 ~目覚めたら推しの身体だったので、死なせるわけにはいきません~  作者: 宇良 やすまさ


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第3話

 二限目、三限目、四限目と、イリュネアを観察してみたが、ずっと清楚で純朴な少女だった。誰に対してもかわいらしい笑顔で接し、誰に対しても素朴な受け答えをする。

 魔王時代の苛烈なイリュネアはどこにもいない。


 ただどうやら、あの出来事が夢というわけでもないようだった。

 観察を続けていると、当然ながら彼女に気づかれることもあるのだが……目が合うと、わざとらしくそっぽを向くのだ。可憐な学園時代の彼女ならば、戸惑いながらもにこりと微笑み、小首をかしげただろうに……。


「目が合うってことは……イリュネアも私を見てたってことで……。それが一度だけじゃなくって、何度も……。ん~……」

 昼休み。当然ながら、ボッチ飯。

 広い食堂の隅の方に座ったとはいえ、見事に人が寄り付かない。まるで分厚い壁があるかのように、隣とは三席も四席も空いている。

 おかげで独り言もつぶやき放題だが、少しばかり寂しさも覚える。


「一体、何が……?」

 そもそもイリュネアは、虫も殺せないほどに優しく、そしてか弱い少女だった。

 そんな彼女が、どういうわけだか、次期魔王候補の一人に選ばれる。魔族国家〝エリュシオン王国〟を導く最強の魔族になると、見込まれたのだ。

 その成り行きが、イリュネアが主人公たるゆえん。紆余曲折を経て、カルロとジョットを含む魔王候補たちを下し、〝最強〟の名をほしいままにする……という筋書きである。


 学園時代のイリュネアだったならば、あの階段の出来事はあり得なかった。

 人ひとりを抱える筋力といい、十数段を飛び降りる度胸といい、それらを可能にする反射神経といい……間違いなく、魔王時代のもの。


 そうやって頭の中で点と点を結び付けていくと、一つの推論に行き着く。

 すなわち。イリュネア・リナーシタもまた、誰かが憑依した転生者なのではないか、ということ。

 思えば彼女は〝リディアナ様〟と呼んだ。普通であれば〝ニューアーク様〟となるはずなのに。


「転生者が二人……? ってことは……」

 何か決定的なことを思い出した――ところで、ビキッ、という頭痛が邪魔をした。平衡感覚を失い、くらりとするのを何とか我慢。

 無様に倒れこむことなくホッとし……何を思い出したか、さっぱり忘れてしまった。

 思考をたどって思い出そうと眉をゆがめたところで。


「……ねえ。ここ、いい?」

 赤毛のポニーテールが特徴的なエルザ・アイレンブルクが、目の前に立っていた。

「え……? へっ……!」

 リディアナは、思い出そうとしたその事実すらも頭から吹っ飛ぶくらい、衝撃を受けた。

 誰一人として近寄ろうとしなかったというのに、少し距離を置くでもなく、隣に座るのでもなく、顔を上げれば目が合う真正面を陣取ったのだ。


「なんで……?」

「……性分なの。今だったら、おしゃべりくらいはできるでしょ」

「んー……。なんで?」

「だから……! アンタの人となりを、この目で見ておきたい……ってコト。謝ったの、聞こえてたでしょ」

「ああ……!」

「鈍感ね。……それ、何食べてるの?」

「タコ。のサラダね。インサラータ・ディ・ポルポ……エリュシオン王国の伝統的なお料理らしくって」

「タコ……? あんなウニョウニョしたのを……食べるの?」

「さっぱりして、でも食べ応えがあって。とてもおいしいわよ」

「へえ……。ひとつ、いい?」

「もちろん。アイレンブルクさんのは……?」

「エルザでいいわよ。アタシもリディアナって呼ぶから」

「そう。ふふ……。ねえ、エルザ。あなたのも、一口、いい?」

「いいけど……。アタシも物珍しさで頼んだモノだから、おいしいかわからないわよ」

「黒いわね……。イカの墨煮にガーリックライス……チピロネスかしら。〝学術国家〟エリアスのイカ料理よ。……よく選んだわね?」

「だって。見て、このインパクト……! すごくない?」

「食べたらケアを怠らないようにね。ニンニクもたっぷりだから」

「知ってる。食堂のおばちゃんに言われたもん。てか、よくわかったわね?」

「ふふ。気になったら徹底的に調べるのが癖になってるの。それが美味しそうなものならなおさら。役に立つでしょう?」

「確かに……!」


 友達と料理を交換して楽しむ。そんなことは前世でも体験したことがなく、その新鮮さに頬が緩みっぱなしになる。

〝あの人〟は食事に興味がなく、同僚たちとは時間は合わず、家に帰っても家族はいなかった。食事自体に意味を見出せる環境になかったのだ。

 とても楽しくて、心が躍る。

 しかしこういう時に限って……。


「食事中に失礼。少しよろしいか」

「……本当に失礼ね。よろしくないわよ」

 ナプキンで口元を綺麗にしてから、そばに立つ人物をじろりとにらみ上げる。

 しかし彼は、なんといっても魔王候補の一人。〝最強〟の素質を見出されたのだ……〝リディアナ〟の鋭い視線にも、カルロはきつ然としていた。

 

「申し訳ないが。君に言ったのではないよ」

「あら。なおさら礼節を欠いてるわね。魔王候補としては、随分と粗野じゃない?」

「君こそ、他国の王子に対して無礼じゃないか」

「ええ、そうね。他国の、ね。この学区内においては、国際法で身分制度のあれこれに関して細かく制定されているの。例えば、『いかなる場合においても不敬罪は適用されない』とかね。だって、そうでしょう? あなたのような粗野で乱暴で礼節知らずが、王子という立場を悪用しないとも限らないもの」


 気の強いエルザもさすがにオロオロとし始めたが、リディアナは気にしなかった。

 つと立ち上がって、腕を組み、カルロを睨む。真正面から見た彼は、誰もが見惚れるほどの美形だが……そんなことはどうでもよかった。

 初めての友達と、初めての食事……。その尊さをものともせず蹴散らした男を、リディアナは許せそうになかった。


「謝れば許してやろうかと思ったが……。気が変わった」

「その上から目線、腹立つわね。そもそも、王子サマが一体何の用かしら」

「とぼけるな。イリュネアに付きまとっているだろう」

「ふん……? 彼女から相談されたの?」

「……。で、どうなんだ」

「呆れた……。王子サマがストーキングとはね」

「……! 表へ出ろ」

「へえ?」

「決闘だ……! いい加減、その減らず口をふさいでやる」




 ――〝誓紋〟。

 それは、二人の人間が誓いを立て、強く祈ることで現れる力の結晶。

 その形は様々。切れ味のいい剣だったり、見た目以上に軽い斧だったり。平凡な剣でも、使用者本人に筋力増強やスピードアップの効果が付与されていることもある。

 

 そういった様々な〝型〟が存在する中で、カルロは〝万能魔法型〟。

 召喚するのは魔法の杖。カルロのイメージするままに魔法を使うことができ、もちろん身体強化も施せる。

 まさにインチキ。まさにチート。

 と、リディアナは思うのだが――。


「くそ……! なぜ当たらない……!」


 あいにく〝悪役令嬢〟リディアナ・ニューアークもまた、稀代の天才である。

 ニューアーク家という劣悪な環境で育たざるを得なかった度胸。〝魔王〟にまで上り詰めたイリュネアとタメを張る身体能力。ありとあらゆるものを捉える動体視力に、いつ何時も冷静に働く脳みそ。

 さすがに戦闘開始直後に一発もらったが――そんな天賦の才を持つ身体に宿ったからには、無様をさらすわけにはいかなかった。


「〝バレットランス〟!」

 キャラクターの癖を読むのは得意中の得意。〝リディアナ〟の身体能力があれば、戦闘中であろうと造作もない。

 基本的に光属性を使うこと。パワーより手数を好むこと。十メートル以上の距離を保つように動いていること。

 これだけ癖がわかれば、あとはタイミングを計るだけ。


 ジ、とカルロの動きを見る。

 と同時に、複数の光り輝く〝バレットランス〟も視界に収める。


 〝バレットランス〟が順不同に放たれる。

 その直後、カルロが一歩後退。次の魔法の準備に入る。


「あと一手……」

 迫りくる光の槍は、約二十。

 〝リディアナ〟の動体視力と反射神経を頼りにして、前のめりに突っ込む。


 頭を傾けて、あるいは腰を落として、あるいは一歩深く踏み込んで。

 一か所だけ制服が破れてしまったが、それ以外のすべてをかわしきる。


 そうしてカルロの前に躍り出れば。

 足止めすら叶わなかったこと、距離を詰められたこと、手を伸ばせばつかめる距離にいることで、彼の頭がいっぱいになる。


 あとはカルロの首根っこでもつかんで投げ技で――。

 と思ったところで、視界の端の違和感に気づいた。


「カルロ様から――離れろ!」

 カルロの従者でありパートナーのアルバーノが、割って入った。

 〝誓紋〟から召喚した弓で、魔法の矢を撃ってくる。


 ボウッ、と空気を焦がしながら飛来する炎の矢。

 それを、間一髪で回避。大きく後退して事なきを得る。


 さすがに文句を言おうと顔を上げたところで、リディアナは眉をひそめた。

 食堂で響き渡った決闘宣言。それを聞きつけた生徒たちが、ギャラリーとして周りを囲んでいる。

 その誰もが、アルバーノの横やりに歓声を上げていた。


「そういうこと……。悪役にはルールもマナーも無用って……?」

 それを〝リディちゃん〟に対して平然とやってのけるというのならば。

 〝原点〟をくれた彼女を害するというのならば。

 到底許せることではない。


「……〝衝喚〟」

 アクセサリー化した〝闇の魔本〟を呼び寄せる。

 歴史書のようにずしりと重いそれを、ぱらりと開く。


「拘束しなさい――〝黒キ茨〟」

 〝魔本〟を使うのは初めてだったが、〝リディアナ〟の脳みそがきちんと誘導してくれた。

 さながら祈るようにして、頭の中のイメージを術として発動する。

 尻もちをついていたカルロも、連携を取ろうと動くアルバーノも。地面から突き出た闇色の茨で、まとめて拘束する。


「なっ……!」

「これは……っ」


 異様な光景に、誰もが恐怖を抱く。カルロとアルバーノはひどく狼狽し、周囲のギャラリーがそれぞれ悲鳴を上げる。

 その様を目にしてリディアナは、ひどく失望を覚えた。

 空気に流され続ける野次馬と……そうなるよう仕向けた自分に。


「五分で消えるわ。それまで、反省しなさい」

 半分は自分に言い聞かせる。

 このザマでは、〝リディアナ・ニューアーク〟を真に助けるなど、夢のまた夢。

 〝闇の魔本〟をアクセサリー化して、その場を去る。

 皆の視線から外れて、一人校舎の陰に入ったところで……。


「ちょっと……! 大丈夫っ?」

 エルザが駆けつけてくれた。

 その優しさにうるりと来てしまうが、何とか気丈に振る舞う。

「……ええ。もちろん」

 エルザがじっと見つめてきていたが、それに気づかないふりをして再度歩き出す。

 そこへ……。


「……リナーシタさん?」

 いつの間にやら、イリュネアが目の前に立っていた。

 彼女もまた、先ほどの騒動を見ていたらしいが……どう考えても、慰めに来たという顔つきではなかった。

 魔王時代を思わせる鋭い視線を向けてくる。

 エルザもいるというのに、可愛らしい少女のような仕草もなく、ザッザッと大股に近づいてきて――。


「……んぇ?」

 ぺちん、と頬をたたかれた。

 ただし、それほど強くはない。ほぼ手のひらを当てただけ。

 驚いたのは、その意図が全く見えなかったからだった。


「ホントはグーパンものだが……そいつァあのクソ馬鹿王子どもに取っとく。〝魔本〟……あんましむやみに使うんじゃねェぞ」

「……」


 もしかして、とよほど口に出そうかと思った。

 あなたも転生者ではないのか、と。


 だが……。

 その前に、想像以上に知らなければならないことがあるようだと、リディアナは強く思ったのである。

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