第2話
勢い込んで寮を出たものの、情報収集するまでもなかった。
廊下を歩くだけで、ひそひそと話し声が聞こえてくるのだ。
なにせ、リディアナは入学時点で有名人。
名の知れた貴族で、誰もが振り返るほどの美人で。しかも〝魔本〟持ち。
ただ、非常に腹立たしいことに、そのすべてが良くないもので満たされている。
「ねえ、あの方……ニューアーク家の?」
「シッ! 目をつけられちゃう!」
身長約180センチ。大柄女子。栗色の髪の毛、ボブカット。
身長約150センチ。細身女子。長いブロンド、おさげツイン。
「アンタも気をつけなさいよ。どんな言いがかり付けられるかわかったものじゃないんだから」
「……ん」
身長約160センチ。体育会系女子。長めの赤毛、ポニーテール。
身長約145センチ。小動物系女子。短い黒髪、クセ毛ボブ。
「見ろよ。コエ~」
「お前、声かけてみろよ」
「ないな。性格キツイって話じゃん」
身長約170センチ。普通男子。ブロンド短髪。
身長約180センチ。ガテン系男子。坊主。
身長約170センチ。メガネ男子。黒髪短髪。
視界に入った生徒たちの陰口と、彼ら彼女らの特徴を記憶する。
もちろん、メモ帳はない。記憶力と記憶量がものをいう仕事だった……皮肉ではあるものの、数々の修羅場で磨いてきたこの特技を生かさない手はなかった。
それにしても、とリディアナはしずしずと歩きながら思う。
寮の自室から校舎に入り、一時限目の教室へ向かう――たったそれだけの道のりで、随分な評判の悪さを耳にしてしまった。
この悪評を何とかしなければ、悪役令嬢の道まっしぐら。その果てには、主人公イリュネア・リナーシタによる処刑が待っている。
それだけは、避けねばならない。
――という決意が早くも崩れそうになる。
「さ。パートナー決めろよー。授業中に決まんなかった場合は……あー……次の授業まで頑張って決めてくれぃ。ちなみに次ってのは四日後な」
〝オースティン国際学園〟入学二日目。
その一限目の授業は〝戦技実習〟。二人一組としてカリキュラムが組まれているようで、この一年を通してパートナーとなる。
入学早々ということもあって、普通ならば互いに様子見するところ。
だがこの〝一年二組〟には、そんな状況を吹き飛ばす人物がいる。
誰あろう、〝誓約のクロニクル〟主人公のイリュネア・リナーシタである。
ミディアムストレートな銀髪といい、ルビーをはめ込んだかのような紅の瞳といい、魔族特有の一対の〝ネジレ角〟といい、見た目だけでかなり目立つ。
可愛らしい顔立ちをしているのも人気の要因の一つだろう。
ただ、彼女のもとにクラスのみんなが集まってしまうのは、その柔らかな雰囲気のため。
学園時代のイリュネアは、それは可憐で清楚な少女なのだ。
強くてカッコイイという魔族のイメージとのギャップと、はにかんだ笑顔の可愛らしさとで、みんな落ちてしまう。
――リディアナはその真逆。
人っ子一人、寄り付きやしない。
目があえば避けられる。声をかけても聞こえないふり。挙句の果てに、何もしてないのに謝られてしまう。
その声が教室に反響して、皆が恐る恐る様子をうかがってくるという悪循環。教師が何か言えばいいものを、〝ニューアーク家〟に日和るばかり。
これは非常にまずい。
と思いながらも、リディアナは教室の端にそそくさと避難するほかなかった。
想像以上の悪評を味わったことにショックというのもあるが、そもそもクラスメイトとどう交流すればいいのか全く分からないのだ。
教室の隅の方で立てば、完全に壁の花。
机にかじりつくようにして仕事をしていた弊害である。コミュ障というやつを自覚した気がして、落ち込んでしまった。
「ジョット! 〝誓紋〟、試してみないか」
「カルロ……。ここ、訓練場でもないんだが……」
「スペースあるし、スキル見るだけなら大丈夫だろ」
ずいぶんと身勝手な青年は、カルロ・アルセリオ。
ため息をついて仕方がなく付き合う方は、ジョット・ヴァンベルガ。
〝ネジレ角〟を見てわかる通り、彼らもまた魔族。イリュネアと同郷である……というより、三人は昔からの幼馴染である。
すなわち、〝誓約のクロニクル〟の筋書きにおいて、カルロとジョットは重要人物となる。とあるルートではイリュネアと第二王子のカルロが、また別のルートではイリュネアとクールな騎士ジョットが……というように恋愛ゲームの核を担うのだ。
「――〝界放〟!」
「……〝界放〟」
二人はそれぞれ従者を連れており、教師の出した『パートナーを組む』という課題を早々にこなしている。
手の甲の〝誓紋〟がその証拠。呪文を唱えることで反応し、各々の魂に沿った武器を顕現するのだ。
〝誓紋〟からあふれ出た光を握ると、カルロは魔法の杖を手にし、ジョットは剣を構えていた。
彼らを取り巻くクラスメイト達も大盛り上がり。教師が制止を試みようとするも、学生らしい熱気にあてられ、やれやれとばかりに首を振るう。
カルロとジョットは、まるで世界の中心にいるかのように振る舞った。
互いに決闘の間合いを保ち、スキルを使う。
カルロの杖から魔法の炎が放たれ、ジョットが青く輝く剣で叩き切る。
その様子を、リディアナはひやひやしながら見ていた。壁の花になり切っていたというのに、一歩前に出てしまう。
そこで、盛り上がる輪から外れる女子生徒が目についた。
彼女も嫌な予感がしたのか、カルロとジョットのスキルの打ち合いから離れたらしい。
だが、そういう行動はえてして――。
「――大丈夫?」
ジョットによって弾かれたカルロの魔法が、女子生徒のもとへ降り注ぐ。
リディアナは、悲鳴が聞こえるよりも前に対処した。女子生徒の腕をつかんで引き寄せ、危ないところを助け出す。
「あら。あなたは……」
ぽかんとしている女子生徒には見覚えがあった。
身長約160センチ、体育会系女子、長めの赤毛、ポニーテール――わざとらしく陰口を聞こえるように言っていた女子生徒である。
名前は、エルザ・アイレンブルク。
「何はともあれ。無事でよかったわ」
「なんで……。助けたのよ。授業前の……聞いてたんでしょ」
「……? それと、助けるのと、どう関係するのかしら?」
「イカレてんの、アンタ……」
「え……?」
なぜだか怖がっているエルザを立たせて、一応怪我がないかを確認する。
周りはまだカルロたちに夢中になっている。エルザの友達らしい小動物系女子と、なぜだかこのタイミングで目が合ったイリュネア以外は、気づきもしていない。
「ちょっと。よろしくて?」
さすがに何も言わないわけにはいかず、リディアナは〝リディアナ・ニューアーク〟であることを最大限利用した。
熱狂の波が落ち着いた瞬間を見計らい、声を張る。
するとびっくりするほど急激に教室内が静かになった。
「失礼ですが――お二方は、危険という言葉をご存じでしょうか?」
「あんたはニューアーク家の……。失礼……刺激が強かったか? だけど意外だな。てっきり、こういったことは日常茶飯事かと思ったんだが」
随分な言われようだ、と思う前に。カルロに同調させないために、じろりとクラスメイトのほうを睨む。
リディアナの鋭い眼力により、教室内はしんと静まったまま。
カルロは面白くなさそうに鼻を鳴らし……そこでようやく教師が教師らしい仕事を果たした。
「ほらほら! 授業中だぞ、授業中! いろいろ試すのは次からっ」
冷や水でも浴びせられたかのような状況では、盛り上がるはずもなく……。クラスメイト達は、終始ひそひそ話でパートナー探しを続けていた。
もちろん、リディアナにパートナーが現れることなどなく、授業は終了。
「悪いことはしてないんだけど……。やってしまったなぁ……」
階段を下りながら、リディアナは一人反省会を実施する。
もう少し言い方があったのではないか。もう少しやりようがあったのではないか。クラスメイトを威圧するのはよくなかったのかもしれない……。
つきたくもないため息をついてしまう。
「――ねえ」
降りかかってきた声は、エルザのもの。彼女は、階段の上から息を切らして見下ろしていた。
リディアナはなんでもない風を装い、足を止めて振り返る。
「あら、アイレンブルクさん。どうかしたの?」
「アンタ、悪人なの? それとも善人?」
「悪人になった覚えはないわね。善人とも言えないけど。ただ……」
「ただ?」
「私の〝憧れ〟が――私の原点が、仁義の怠惰を許さない。しいて言うなら、これがあなたを助けた理由になるわね」
「……変なの」
それだけ言って踵を返すエルザ。
その姿が廊下の角に消えて、揺れる赤毛のポニーテールだけが残り……それもやがて消える。
彼女のそっけなさを残念に思ったが――。
「悪かったわね。――ありがと」
言い忘れていたかのように置いていかれた言葉に、リディアナはきらりと瞳を輝かせた。
衝動に任せて階段を駆けあがり、廊下の角から身体を出す。
「次の授業、一緒じゃないのかしら?」
「――交流会でしょ! アンタと私は別! なんなのっ?」
「残念」
背中を向けて恥ずかしそうに去っていくエルザに、リディアナはいたずらが成功したかのような満足感を覚えた。
案外、悪評を払しょくするのは難しくないのかもしれない。
友達を増やしていけば、きっと……。そう思ったところへ、エルザとすれ違う女子生徒の存在感に目が持っていかれた。
「イリュ……んん、リナーシタさん。あなたも一組と合同?」
「はい。リディアナ様も?」
「ん……。そうよ。良ければ一緒に行かない?」
「ぜひ」
可愛らしく微笑むイリュネアとともに、リディアナは階段を下りる。
そこへ――。
「――え?」
誰かに、背中を押された。
反射的に振り返ったが、いきなりのことで首が回らない。せいぜい、イリュネアの驚いた表情をとらえるだけ。
痛みと衝撃に備えて目をつむり……。
「……え?」
しかし、何も起きなかった。
ふわりと浮いた身体を、誰かがキャッチしてくれたのだ。
恐る恐る目を開けると……そこには、イリュネア・リナーシタの美しい顔があった。
「あンの野郎……ッ。今度見かけたらブチのめしてやる……!」
ただし。
先ほどまでの愛らしい少女はそこにいなかった。
いるのは、魔王時代の苛烈なイリュネア。ニコニコ笑顔が似合う少女は、むき出しの敵意が似合う精悍さが宿っていた。
「え???」




