表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき編集者の異世界改稿録 ~目覚めたら推しの身体だったので、死なせるわけにはいきません~  作者: 宇良 やすまさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話

「残念だ……。リディアナ・ニューアーク」

 言葉とともに、刃が首に添えられる。


 リディアナは、命乞いをしなかった。

 できない、というのが正しい。

 何せ相手は〝魔王〟イリュネア・リナーシタ。


 彼女に敵う者は、もう世界に何人といない。

 全ては、彼女の意のまま。

 むしろ、断罪の機会を与えられたことを感謝すべきだろう。


 静寂が、世界を支配しているかのようだった。

 罵る声も、あざ笑う声もない。

 いっそのこと、泣きわめいて、恨み言をぶつけて、ありったけの罵詈雑言を吐きたかった。

 だが……。


「――ごめんなさい」

 口から洩れるのは、それだけ。


 そうして。

 リディアナ・ニューアークは、〝魔王〟イリュネア・リナーシタの手で処刑された。


   〇   〇   〇


 ――という筋書きの、夢を見た。


「え――私、リディちゃんになってるッッッ!」


 ベッドで体を起こしてから、変な感じはしていた。

 身体は冷え切り、逆に頭は熱く。頭痛が鳴りやまず、体が妙に重い。

 十年に一度の大風邪でも引いたかと思っていた。山積みの仕事もあるというのに、この体調の悪さとも戦わねばならいのかと憂鬱だった。


 だが、姿見に全身を映して、その全部が吹き飛んだ。

 鏡の中にいるのは、誰もが見惚れる超絶美人。

 白煙のように揺蕩う長めの金髪に、強く鋭い光を宿す紺碧の瞳。きめ細やかな白い肌に、キリリとした眉、真っ赤なルージュの似合う唇。

 〝カッコイイ〟という言葉をそのまま擬人化したかのような絶世の美女――それが、リディアナ・ニューアークである。


 ニ、と〝私〟が笑ってみると、鏡の中のリディアナも笑ってくれる。

 ム、と半眼にしてみると、同じようにジト目で返してくれる。

 その事実に、〝私〟は震えた。


「じゃあ……。じゃあ、ここは……!」

 改めて、室内を見渡す。

 目についたのは、すぐそばにある机。卓上には、辞書のように分厚い本が、一冊だけ鎮座している。

 装飾の一つもない真っ黒な本。

 間違いなく、〝悪役令嬢〟リディアナの持つ〝闇の魔本〟だった。


 異質な存在感を放つ〝魔本〟に、恐る恐る手を伸ばす。指先がその表紙に触れると、淡く光ったのち、アクセサリー化を果たす。

 ブレスレットとなって手首で揺れ、その感触と重さが現実であることを伝えてきた。

 

「〝誓約のクロニクル〟の中……!」

 ハッ、と再び鏡に目をやる。

 鏡の中の〝私〟は……リディアナは、〝リディアナ・ニューアーク〟が絶対に見せないような間の抜けた顔つきをしていた。

 ぱち、ぱち、ぱち。とりあえず瞬きをしてみるものの、夢が醒めることはない。


「え……? なら、私……死ぬの?? 推しの身体で……???」

 記憶の中にある物語では、〝リディアナ・ニューアーク〟は悪役令嬢という役割を与えられていた。

 何をどうあがいても、行き着く先は地獄。

 追放、断罪、処刑……より取り見取りである。


「それは――ヤだ。リディちゃんが死ぬのはヤだ……!」

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 頭が真っ白になりかけたところで、コーヒーが欲しくなった。いつも考え事をするときには、濃いブラック一気飲みでキメるのだ。

 だが運の悪いことに、〝リディアナ〟は紅茶派。

 仕方なくそばの机について、卓上本棚に目をやる。


「教科書……全部新品だ。ってことは、入学して間もないってことで……? そういえば、この部屋もリディちゃんの私室じゃなくって、寮の部屋……。待って待って……っていうことは……?」

 整理整頓された本棚の中からノートを見つけて、ぱらりとめくってみる。

 やはり真っ白。科目名すら書かれていない。

 少し悪い気はしながらも、引き出しを開けて鉛筆を手に取り、ノートに文字を綴っていく。


「ここは〝誓約のクロニクル〟の世界で……。今いるのはレオルディア王国の〝オースティン国際学校〟で……高等部入学直後……」

 そのストーリーが、七人の魔王候補を巡るものであること。

 紅一点の魔王候補イリュネア・リナーシタが、いろいろなイケメンに言い寄られること。

 ライバル的立ち位置に立たされていたリディアナ・ニューアークは、徐々に〝悪役令嬢〟として頭角を現すこと。


 鉛筆を動かし、文字を綴っていくごとに、興奮が落ち着いていくのを感じる。

 思考して、書き出して、また思考する。そのサイクルを延々と回すことで、頭が冴えわたっていくのだ。

 仕事は嫌で厭で仕方がなかったが、その果てで身についたルーティンはお気に入りではある。どんな状況でも、正常に脳みそを回してくれるのだから。

 だが、今回ばかりはなかなか上手くいきそうになかった。


「あれ……んー……? リディちゃんの学園生活が……思い出せない……」

 気持ち悪さはあるが、それも当然かと納得することにした。

 何せ、『〝リディアナ・ニューアーク〟である』という状況そのものが、夢としか思えない異常事態。

 寝起きの体調の悪さも、転生というべき事象に起因しているのだろう。記憶の混濁も、当然起こりえる。

 ただ……。


「私は……誰? 名前が思い出せない……仕事は思い出せるのに……」 

 新しいページに進んで、今度は〝私〟について書き出そうとしたとき。鉛筆の進みが途端に悪くなる。

 記憶の混濁とは思えないほど、きれいさっぱり忘れている。


 少し恐ろしい気がした。

 だが、向き合わねばならないとも思った。

 〝誓約のクロニクル〟の中にいるのだから。画面の向こう側でしかなかった世界にいるのだから。そう思えば思うほどに、頭が冷静になっていき……冷静に、きちんと、自分を見つめることができた。


「こんなところかぁ……。う~ん……」

 名前はおろか、出身地や家族についても思い出すことができなかった。〝リディアナ・ニューアーク〟に転生する直前に何をしていたのかも……。

 覚えているのは仕事周りのことばかり。編集の仕事についていたことや、〝あの人〟の担当であったこと、せわしない日々を送っていたこと――それらすべてが、トラウマのようにしてよみがえる。


 しかし、何もかもを失くしてしまっていても。

 〝私〟の原点は、色濃く覚えていた。

 仕事に埋もれて、世界が灰色に染まったかのように絶望していた時、〝リディアナ・ニューアーク〟を知ったのである。


 彼女には悲劇しか用意されていなかった。

 そう在るように仕組まれていた。〝悪役令嬢〟であることを強いられていた。

 なのに、諦めることを知らず、折れることも腐ることもなく、前へ前へと進み続けたのだ。

 そのまばゆいばかりの心の輝きに、〝私〟は惹かれたのだ。

 だから――。

 

「よしっ。悩んでも仕方がないから……まずは情報収集!」

 何はともあれ、〝リディアナ・ニューアーク〟を助ける。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ