第24話
◇ ◇ ◇
「で? イリュネア、一体何に気づいたの? 確かに一つも噂になってなかったけど」
「クリシスの性格上、〝スタンピード〟を放置しておくわけがねェってだけだ。〝スタンピード〟があの規模で収まったのも、学園で何の騒ぎも起きてねェのも、あいつが細工したんだろうよ」
「なんだ、そういうこと……。結局、踊らされてただけね」
「それァ捉え方の違いだな。アイツはそうせざるを得なかったんだ。つまり、私らの完勝ってこった」
「なにそれ」
騒動がひと段落するのを待つ必要すらなかった。
ダンジョンから出ると、そこにはいつもの日常が待っているだけ。学園でも街でも、誰も何も話題に出していなかった。
どうやらどうやら杞憂に終わったようだとわかったところで、みんなとは解散。
そんな中、イリュネアがこっそりと私室までついてきた……というのが現状となる。
「……聞かねェのか」
「なにを?」
「いろいろとだ」
湯を沸かし、豆を挽き、コーヒーを淹れる。
激闘に次ぐ激闘の直後であっても、その時間があるだけで心が落ち着くのを感じる。
そうやってたっぷりと考えてから、ハルモニアはコーヒーを飲みながら言った。
「私がリディアナ・ニューアークとして転生すること……。それを、誰あろうリディアナが望んだんでしょう?」
「まァな」
「そして、〝ハルモニア〟が……私が、私自身の記憶を封印した」
「おう」
「そのすべてを、あなたは知っている。全部を背負ったうえで、〝魔本〟の力でこの時代まで飛んできた」
「……その通り」
「そんなあなたに、何もかも話せというのは酷だと思うのよ。だって――私たちが始めたことは、まだ何も成し遂げていないんでしょう?」
〝魔王〟イリュネアは、椅子の背もたれに身を任せて、複雑な表情を見せた。
悔しそうで、悲しそうで……それでいて、どこかうれしそうで。肩の荷が下りたように、ほっとした様子にも見えた。
「バレちゃァ仕方ねェな。話せと言われても話せねェことは山ほどある」
「でしょうね。あなた、未来人だもの」
「フッフ、まァな。ただ……ケジメをつける必要はあると、個人的には思うのよ。説明責任ってやつだな」
「ふん……? けどここで話していいものなの?」
「アイツのことだ。どうせ聞き耳たてながら細工してるに決まってる」
イリュネアは鼻を鳴らしていい、コーヒーを一口飲んだ。
「私らは革命軍だった」
「ほかにも仲間がいたの?」
「いいや。四人だけの革命軍だ。だが、私は〝魔王〟、二人は古代種、んで最後に人類きっての天才……。申し分ないだろ?」
「少数精鋭ってことね」
「事の始まりはリディアナの疑問からだ。アンタも悩んだように、アイツもまた自分の悪評に苦しんでた……。事実、そん時の私はアイツの噂を真に受けてた」
「イリュネアでもそんな時代があったのね……」
「経験なしに理解が及ぶほど、頭がいいわけではないんでね。――で、リディアナは気づくわけだ。何者かに意図的に状況が造り上げられてるんじゃねェか、ってな」
「ふふ。まさに天才の発想ね……」
「アイツは先ず証拠を集めた。私ら人類の上に何かがいる証拠を。疑ったのは〝魔本〟の力だ。規格外の力を、なぜただ祈るだけで使えるのか……そのからくりを突き止めたわけだ」
「〝魔本〟には〝代衝〟が伴う……」
「その一つにダンジョンの発生があるんだが……。リディアナは、〝魔本〟がダンジョンを生むその流れをも明らかにした」
「あ……。〝神鳴り〟?」
「そうだ。アレは、〝魔本〟が発する力に引き寄せられた、エネルギーの塊だ」
「空の上に……。エネルギーの塊が……?」
「そいつをリディアナは〝祈源〟――〝祈りの集まる場所〟とした」
「〝魔本〟は祈りを込めて使うもの……。〝誓紋〟も……〝魔紋〟さえも……祈れば、使える」
「この世界が〝祈源〟の真下にあるとして……。そいつからエネルギーがあふれて、零れ落ちれば……。そのエネルギーが、この世で躍動するわけだ」
「じゃあ、〝誓約のクロニクル〟は……」
「〝祈源〟からあふれ出た〝祈りの力〟に、秩序をもたらしたもの……らしい。〝ハルモニア〟が言うにはな」
「なら、革命って……」
「〝フォルトゥナ〟と〝ハルモニア〟の殺害……。および、〝祈源〟の破壊だ」
「フォルトゥナと……私の……」
「ま、アンタはリディアナの動きにいち早く気づいて、私らの誰よりも先に味方に付いたがな」
「え?」
「〝誓約のクロニクル〟におけるリディアナ・ニューアークには、〝悪役令嬢〟の役割が当てられていた。悲劇しか用意されていなかったが――アイツは、諦めることを知らなかった。そんな姿を見て、脳を焼かれるほどの感銘を受けたんだとよ」
「……!」
〝リディアナ〟として覚醒したあの日……自分の名前すら思い出せずにいたあの時。
リディアナ・ニューアークへの憧れが、彼女という原点が。先も知れない暗闇を突き進む勇気をくれた。
そうなるように〝ハルモニア〟が画策したといえば、それはその通りなのだろう。
だがハルモニアは、その過去を失っている。記憶を封印されている。
だからこそ――。
「ああ……。やっぱりリディアナは私の……」
リディアナから〝ハルモニア〟。〝ハルモニア〟からハルモニア。そうやって繋がってきた灯を、絶やしてはならないと思った。
その原点が胸にあるだけで、前へ進む力となる。
「――こっからが本題だ」
イリュネアがコーヒーを飲み干し、前のめりになって言う。
「私は、まだ何も諦めてねェ。力を貸せ」
「……そうね」
少し前までならば、恐怖心を抱いていただろう。
だが、今は。
「私は、私の記憶全部を取り戻す。それから、あなたの宣戦布告に署名しましょう」
原点を道しるべに、胸を張ることができる。
リディアナが始めたことは間違いでなかったと証明するためにも、ここで歩みを止めるわけにはいかなかった。




